聖書 — 口語訳 (1955)

ローマ人への手紙 6

概要

ローマ人への手紙6章は、ひとつの反論に答えます。罪の増すところに恵みも増すのなら、罪を犯し続けてよいのでしょうか。パウロははっきりと、そうではないと答えます。信じる者は、バプテスマが象徴するように、キリストの死と復活に結ばれています。ですから、罪の支配から解放され、自分を神にささげるよう召されています。章は有名な対比で終わります。罪の支払う報酬は死ですが、神の賜物は永遠のいのちです。

この章の3つの区分

  1. 1-11節罪に対して死に、キリストとともに神に対して生きる
  2. 12-14節罪を支配させない
  3. 15-23節罪から解放され、義の奴隷となる。そして神の無償の賜物

1では、わたしたちは、なんと言おうか。恵みが増し加わるために、罪にとどまるべきであろうか。

2断じてそうではない。罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なお、その中に生きておれるだろうか。

3それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。

4すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。

5もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。

6わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。

7それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。

8もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。

9キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。

10なぜなら、キリストが死んだのは、ただ一度罪に対して死んだのであり、キリストが生きるのは、神に生きるのだからである。

11このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。

12だから、あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、その情欲に従わせることをせず、

13また、あなたがたの肢体を不義の武器として罪にささげてはならない。むしろ、死人の中から生かされた者として、自分自身を神にささげ、自分の肢体を義の武器として神にささげるがよい。

14なぜなら、あなたがたは律法の下にあるのではなく、恵みの下にあるので、罪に支配されることはないからである。

15それでは、どうなのか。律法の下にではなく、恵みの下にあるからといって、わたしたちは罪を犯すべきであろうか。断じてそうではない。

16あなたがたは知らないのか。あなたがた自身が、だれかの僕になって服従するなら、あなたがたは自分の服従するその者の僕であって、死に至る罪の僕ともなり、あるいは、義にいたる従順の僕ともなるのである。

17しかし、神は感謝すべきかな。あなたがたは罪の僕であったが、伝えられた教の基準に心から服従して、

18罪から解放され、義の僕となった。

19わたしは人間的な言い方をするが、それは、あなたがたの肉の弱さのゆえである。あなたがたは、かつて自分の肢体を汚れと不法との僕としてささげて不法に陥ったように、今や自分の肢体を義の僕としてささげて、きよくならねばならない。

20あなたがたが罪の僕であった時は、義とは縁のない者であった。

21その時あなたがたは、どんな実を結んだのか。それは、今では恥とするようなものであった。それらのものの終極は、死である。

22しかし今や、あなたがたは罪から解放されて神に仕え、きよきに至る実を結んでいる。その終極は永遠のいのちである。

23罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。

鍵となる聖句

4節
すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。

バプテスマは、キリストの死と復活に結ばれることを象徴します。目的は、儀式を受けることだけではなく、新しいいのちに歩むことです。

11節
このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。

パウロは、自分を罪に対して死んだ者、キリスト・イエスにあって神に対して生きている者と考えるよう促します。行いを変えようとする前に、キリストが成し遂げてくださったことから考えるようにとの呼びかけです。

14節
なぜなら、あなたがたは律法の下にあるのではなく、恵みの下にあるので、罪に支配されることはないからである。

罪は、恵みの下にある人を支配することはありません。恵みは罪を犯す許可を与えるのではなく、もはや支配されない力を与えてくれます。

18節
罪から解放され、義の僕となった。

罪から解放された信仰者は、義の奴隷となります。パウロは衝撃的な表現で、主人のいない人はいないけれど、この主人は解放してくださる、と語ります。

23節
罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。

この節は、罪の報酬である死と、神の無償の賜物である永遠のいのちを対比させます。報酬は働いて得るもの、賜物は受け取るものです。

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説教が語っていること

罪の報酬は死、それでも神は命をくださるサミュエル・マボーは6章23節から語ります。罪の報酬は変わらない霊的な法則ですが、神のしかしが、永遠のいのちを、イエス・キリストにあって無償で差し出す道を開きます。要約を読む →死から命へ ― キリストにあって回復されるあなたのアイデンティティアドリアンは、信じる者のアイデンティティは受けるものであり、死からいのちへ移された実だと示します。ローマ人への手紙6章5節と23節を引き、ジャン・バルジャンの燭台の話を添えます。要約を読む →あなたはすでにキリストにあってよみがえっている:その現実を日々生きるH・ヴェッセルは、ローマ人への手紙6章によれば信じる者はすでに罪に対して死んでおり、聖化とは、行いを、キリストにある新しいアイデンティティに合わせていくことだと語ります。要約を読む →生ける神の奴隷:まことの自由ローマ人への手紙6章16節と20節から23節に立ち、このメッセージは、主人のいない人はおらず、死に至る罪の奴隷か、いのちに至る神のしもべかのどちらかだと説明します。要約を読む →バプテスマ:イエスへの公の大きな「はい」MEISTAD共同体は、ローマ人への手紙6章3節から4節をもとに、バプテスマを、個人的で公の決意として紹介します。キリストとともに葬られ、新しいいのちに歩むためです。要約を読む →

ローマ人への手紙6章についてよくある質問

ローマ人への手紙6章23節はどういう意味ですか

罪の報酬は死であり、罪は神からの分離をもたらします。しかし神は、無償の賜物として、イエス・キリストにある永遠のいのちを差し出しておられます。報酬は働いて得るもの、贈り物は受け取るものです。この節は福音を要約しています。救いは稼ぐものではなく、与えられるものなのです。

ローマ人への手紙6章で罪に死ぬとはどういう意味ですか

パウロは、信じる者がキリストの死に結ばれており、罪はもはやその人の主人として支配する力を持たないと説明します。二度と罪を犯さないという意味ではなく、もはや罪の奴隷ではなく、自分を神にささげることができるということです。

なぜパウロは、恵みがあるから罪を犯し続けてよいとはならないと言うのですか

1節と2節で、パウロは、罪が多いほど恵みが大きくなると考える人たちに答えています。キリストとともに死んだ者は、以前のように生き続けることはできません。恵みは人生を変えるのです。

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