聖書 — 口語訳 (1955)
出エジプト記 16
概要
出エジプト記16章は、エジプトを出て一か月半後、イスラエルの民がシンの荒野に着いたところから始まります。民はモーセとアロンにつぶやき、エジプトの肉なべを懐かしみ、飢え死にすることを恐れます。神は、夕べにはうずらを、朝にはマナを送って答えられます。天から降るパンを毎日集め、安息日の前には二倍の分を集めるのです。この章は信頼の学び舎です。神は備えてくださいますが、それは日ごと日ごとであり、神はご自身の安息も思い起こさせます。
この章の4つの区分
1イスラエルの人々の全会衆はエリムを出発し、エジプトの地を出て二か月目の十五日に、エリムとシナイとの間にあるシンの荒野にきたが、
2その荒野でイスラエルの人々の全会衆は、モーセとアロンにつぶやいた。
3イスラエルの人々は彼らに言った、「われわれはエジプトの地で、肉のなべのかたわらに座し、飽きるほどパンを食べていた時に、主の手にかかって死んでいたら良かった。あなたがたは、われわれをこの荒野に導き出して、全会衆を餓死させようとしている」。
4そのとき主はモーセに言われた、「見よ、わたしはあなたがたのために、天からパンを降らせよう。民は出て日々の分を日ごとに集めなければならない。こうして彼らがわたしの律法に従うかどうかを試みよう。
5六日目には、彼らが取り入れたものを調理すると、それは日ごとに集めるものの二倍あるであろう」。
6モーセとアロンは、イスラエルのすべての人々に言った、「夕暮には、あなたがたは、エジプトの地からあなたがたを導き出されたのが、主であることを知るであろう。
7また、朝には、あなたがたは主の栄光を見るであろう。主はあなたがたが主にむかってつぶやくのを聞かれたからである。あなたがたは、いったいわれわれを何者として、われわれにむかってつぶやくのか」。
8モーセはまた言った、「主は夕暮にはあなたがたに肉を与えて食べさせ、朝にはパンを与えて飽き足らせられるであろう。主はあなたがたが、主にむかってつぶやくつぶやきを聞かれたからである。いったいわれわれは何者なのか。あなたがたのつぶやくのは、われわれにむかってでなく、主にむかってである」。
9モーセはアロンに言った、「イスラエルの人々の全会衆に言いなさい、『あなたがたは主の前に近づきなさい。主があなたがたのつぶやきを聞かれたからである』と」。
10それでアロンがイスラエルの人々の全会衆に語ったとき、彼らが荒野の方を望むと、見よ、主の栄光が雲のうちに現れていた。
11主はモーセに言われた、
12「わたしはイスラエルの人々のつぶやきを聞いた。彼らに言いなさい、『あなたがたは夕には肉を食べ、朝にはパンに飽き足りるであろう。そうしてわたしがあなたがたの神、主であることを知るであろう』と」。
13夕べになると、うずらが飛んできて宿営をおおった。また、朝になると、宿営の周囲に露が降りた。
14その降りた露がかわくと、荒野の面には、薄いうろこのようなものがあり、ちょうど地に結ぶ薄い霜のようであった。
15イスラエルの人々はそれを見て互に言った、「これはなんであろう」。彼らはそれがなんであるのか知らなかったからである。モーセは彼らに言った、「これは主があなたがたの食物として賜わるパンである。
16主が命じられるのはこうである、『あなたがたは、おのおのその食べるところに従ってそれを集め、あなたがたの人数に従って、ひとり一オメルずつ、おのおのその天幕におるもののためにそれを取りなさい』と」。
17イスラエルの人々はそのようにして、ある者は多く、ある者は少なく集めた。
18しかし、オメルでそれを計ってみると、多く集めた者にも余らず、少なく集めた者にも不足しなかった。おのおのその食べるところに従って集めていた。
19モーセは彼らに言った、「だれも朝までそれを残しておいてはならない」。
20しかし彼らはモーセに聞き従わないで、ある者は朝までそれを残しておいたが、虫がついて臭くなった。モーセは彼らにむかって怒った。
21彼らは、おのおのその食べるところに従って、朝ごとにそれを集めたが、日が熱くなるとそれは溶けた。
22六日目には、彼らは二倍のパン、すなわちひとりに二オメルを集めた。そこで、会衆の長たちは皆きて、モーセに告げたが、
23モーセは彼らに言った、「主の語られたのはこうである、『あすは主の聖安息日で休みである。きょう、焼こうとするものを焼き、煮ようとするものを煮なさい。残ったものはみな朝までたくわえて保存しなさい』と」。
24彼らはモーセの命じたように、それを朝まで保存したが、臭くならず、また虫もつかなかった。
25モーセは言った、「きょう、それを食べなさい。きょうは主の安息日であるから、きょうは野でそれを獲られないであろう。
26六日の間はそれを集めなければならない。七日目は安息日であるから、その日には無いであろう」。
27ところが民のうちには、七日目に出て集めようとした者があったが、獲られなかった。
28そこで主はモーセに言われた、「あなたがたは、いつまでわたしの戒めと、律法とを守ることを拒むのか。
29見よ、主はあなたがたに安息日を与えられた。ゆえに六日目には、ふつか分のパンをあなたがたに賜わるのである。おのおのその所にとどまり、七日目にはその所から出てはならない」。
30こうして民は七日目に休んだ。
31イスラエルの家はその物の名をマナと呼んだ。それはコエンドロの実のようで白く、その味は蜜を入れたせんべいのようであった。
32モーセは言った、「主の命じられることはこうである、『それを一オメルあなたがたの子孫のためにたくわえておきなさい。それはわたしが、あなたがたをエジプトの地から導き出した時、荒野であなたがたに食べさせたパンを彼らに見させるためである』と」。
33そしてモーセはアロンに言った「一つのつぼを取り、マナ一オメルをその中に入れ、それを主の前に置いて、子孫のためにたくわえなさい」。
34そこで主がモーセに命じられたように、アロンはそれをあかしの箱の前に置いてたくわえた。
35イスラエルの人々は人の住む地に着くまで四十年の間マナを食べた。すなわち、彼らはカナンの地の境に至るまでマナを食べた。
36一オメルは一エパの十分の一である。
鍵となる聖句
そのとき主はモーセに言われた、「見よ、わたしはあなたがたのために、天からパンを降らせよう。民は出て日々の分を日ごとに集めなければならない。こうして彼らがわたしの律法に従うかどうかを試みよう。
神は天からのパンを約束し、決まりを定められます。各自が日ごとに、必要な分だけ集めるのです。この日ごとの依存は、信頼の試みとして示されています。
イスラエルの人々はそれを見て互に言った、「これはなんであろう」。彼らはそれがなんであるのか知らなかったからである。モーセは彼らに言った、「これは主があなたがたの食物として賜わるパンである。
この見慣れないものを前にして、イスラエルの人々は「これはなんであろう」と言いました。この問いがマナという名の由来で、名づけようのない賜物を前にした驚きを思わせます。
しかし、オメルでそれを計ってみると、多く集めた者にも余らず、少なく集めた者にも不足しなかった。おのおのその食べるところに従って集めていた。
多く集めた者にも余らず、少なく集めた者にも不足しませんでした。パウロはコリント人への第二の手紙8章で、この公平な分かち合いの姿を取り上げています。
モーセは彼らに言った、「主の語られたのはこうである、『あすは主の聖安息日で休みである。きょう、焼こうとするものを焼き、煮ようとするものを煮なさい。残ったものはみな朝までたくわえて保存しなさい』と」。
安息日は、シナイで律法が与えられる前にここに現れます。神は休みを贈り物として与え、六日目に二日分の備えを整えてくださいます。
モーセは言った、「主の命じられることはこうである、『それを一オメルあなたがたの子孫のためにたくわえておきなさい。それはわたしが、あなたがたをエジプトの地から導き出した時、荒野であなたがたに食べさせたパンを彼らに見させるためである』と」。 そしてモーセはアロンに言った「一つのつぼを取り、マナ一オメルをその中に入れ、それを主の前に置いて、子孫のためにたくわえなさい」。 そこで主がモーセに命じられたように、アロンはそれをあかしの箱の前に置いてたくわえた。
一オメルのマナが、あかしの箱の前にたくわえられました。後の世代が、神がどのように民を養われたかを見るためです。パンは記憶となります。
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説教が語っていること
出エジプト記16章についてよくある質問
出エジプト記16章のマナとは何ですか。
マナは、荒野のイスラエルの人々のために、神が毎朝天から降らせてくださる食物です。コエンドロの実のようで白く、その味は蜜を入れたせんべいのようでした。その名は「これはなんであろう」という問いに由来します。マナは四十年間、民がカナンの境に着くまで彼らを養いました。
なぜ神はマナを翌日まで残すことを禁じられたのですか。
神は、民が日ごとに神に頼ることを学ぶようにされたかったのです。マナを残した人々は、それに虫がわいているのを見ました。六日目だけは例外で、取りのけておいたマナは腐りませんでした。七日目は休みのために聖別されているからです。イエスは主の祈りの中で、この日ごとの信頼の原則を取り上げておられます。
出エジプト記16章のマナとイエスにはどんな関係がありますか。
ヨハネによる福音書で、イエスはご自身を、天から下って世にいのちを与える真のパンとして示されます。こうしてマナは、予告として読まれます。荒野で受けたパンは体を養い、キリストが与えるパンは永遠のいのちのために養います。この結びつけは、キリスト教の大半の伝統で受け継がれています。
出エジプト記 16を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。