聖書 — 口語訳 (1955)
コリント人への第二の手紙 2
概要
コリント人への第二の手紙2章で、パウロはなぜコリントに戻らなかったかを説明します。悲しみのうちに訪れることを避け、愛のゆえに多くの涙をもって手紙を書くほうを選んだのです。次に、戒められた人を赦すよう教会に勧めます。その人が悲しみに押しつぶされず、サタンに乗じられないためです。トロアスでテトスに会えず不安だったことを語り、やがて感謝に至ります。神はキリストにあって勝利の行列に加え、その知識の香りを自分を通して放ってくださるのです。
この章の4つの区分
1そこでわたしは、あなたがたの所に再び悲しみをもって行くことはすまいと、決心したのである。
2もしあなたがたを悲しませるとすれば、わたしが悲しませているその人以外に、だれがわたしを喜ばせてくれるのか。
3このような事を書いたのは、わたしが行く時、わたしを喜ばせてくれるはずの人々から、悲しい思いをさせられたくないためである。わたし自身の喜びはあなたがた全体の喜びであることを、あなたがたすべてについて確信しているからである。
4わたしは大きな患難と心の憂いの中から、多くの涙をもってあなたがたに書きおくった。それは、あなたがたを悲しませるためではなく、あなたがたに対してあふれるばかりにいだいているわたしの愛を、知ってもらうためであった。
5しかし、もしだれかが人を悲しませたとすれば、それはわたしを悲しませたのではなく、控え目に言うが、ある程度、あなたがた一同を悲しませたのである。
6その人にとっては、多数の者から受けたあの処罰でもう十分なのだから、
7あなたがたはむしろ彼をゆるし、また慰めてやるべきである。そうしないと、その人はますます深い悲しみに沈むかも知れない。
8そこでわたしは、彼に対して愛を示すように、あなたがたに勧める。
9わたしが書きおくったのも、あなたがたがすべての事について従順であるかどうかを、ためすためにほかならなかった。
10もしあなたがたが、何かのことについて人をゆるすなら、わたしもまたゆるそう。そして、もしわたしが何かのことでゆるしたとすれば、それは、あなたがたのためにキリストのみまえでゆるしたのである。
11そうするのは、サタンに欺かれることのないためである。わたしたちは、彼の策略を知らないわけではない。
12さて、キリストの福音のためにトロアスに行ったとき、わたしのために主の門が開かれたにもかかわらず、
13兄弟テトスに会えなかったので、わたしは気が気でなく、人々に別れて、マケドニヤに出かけて行った。
14しかるに、神は感謝すべきかな。神はいつもわたしたちをキリストの凱旋に伴い行き、わたしたちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至る所に放って下さるのである。
15わたしたちは、救われる者にとっても滅びる者にとっても、神に対するキリストのかおりである。
16後者にとっては、死から死に至らせるかおりであり、前者にとっては、いのちからいのちに至らせるかおりである。いったい、このような任務に、だれが耐え得ようか。
17しかし、わたしたちは、多くの人のように神の言を売物にせず、真心をこめて、神につかわされた者として神のみまえで、キリストにあって語るのである。
鍵となる聖句
わたしは大きな患難と心の憂いの中から、多くの涙をもってあなたがたに書きおくった。それは、あなたがたを悲しませるためではなく、あなたがたに対してあふれるばかりにいだいているわたしの愛を、知ってもらうためであった。
パウロは、きびしい手紙が大きな悲しみと大きな愛から出たものだと言います。教会での戒めは、傷つけるためではなく、愛を知らせるためにあります。
あなたがたはむしろ彼をゆるし、また慰めてやるべきである。そうしないと、その人はますます深い悲しみに沈むかも知れない。 そこでわたしは、彼に対して愛を示すように、あなたがたに勧める。
戒めのあとの懲らしめは、赦しと慰めに行き着くべきです。パウロは、過ちを犯した人が度を越した悲しみに沈むことのないよう、その人への愛を確かなものにしてほしいと願います。
もしあなたがたが、何かのことについて人をゆるすなら、わたしもまたゆるそう。そして、もしわたしが何かのことでゆるしたとすれば、それは、あなたがたのためにキリストのみまえでゆるしたのである。 そうするのは、サタンに欺かれることのないためである。わたしたちは、彼の策略を知らないわけではない。
パウロは教会とともに赦し、サタンが付け入る機会をねらっていることを思い起こさせます。赦さずかたくなでいることは、すきとなりえます。敵は分裂を利用するからです。
しかるに、神は感謝すべきかな。神はいつもわたしたちをキリストの凱旋に伴い行き、わたしたちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至る所に放って下さるのである。 わたしたちは、救われる者にとっても滅びる者にとっても、神に対するキリストのかおりである。
香りのたとえは、香がたかれた凱旋行列から来ています。信じる者はキリストの良い香りを放ちますが、それは受け取る人によって異なって感じられます。
この章に登場する人物
このテーマで祈る
説教が語っていること
コリント人への第二の手紙2章についてよくある質問
コリント人への第二の手紙2章11節はどういう意味ですか
パウロは、サタンに付け入られないために赦すよう求めます。信じる者は、その策略を知らないわけではないからです。赦しは教会の一致を守ります。苦いわだかまりや、いつまでも続く排除は、分裂と落胆を招きます。赦しが拒まれるなら、敵はほとんど何もしなくてすみます。
コリント人への第二の手紙2章15節のキリストの香りとは何ですか
パウロは、香がたかれたローマの凱旋行列を思い描いています。信じる者はキリストの知識を良い香りとして放ちます。それは二通りに受け取られます。福音を受け入れる人にはいのちの香り、拒む人には死のしるしとなります。
なぜパウロはコリントの人々に書きながら涙を流したのですか
パウロは4節で、心の苦しみのうちに多くの涙をもって書いたと説明します。コリントの人々を悲しませたいのではなく、自分が彼らをどれほど愛しているかを知ってほしいのです。その戒めは、支配したい思いではなく、父のような心から出ています。
コリント人への第二の手紙 2を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。