聖書 — 口語訳 (1955)

マタイによる福音書 13

概要

マタイによる福音書13章には、天国についての七つのたとえが集められています。イエスは舟の上から教えられます。種まきと四つの地、敵がまいた毒麦、からし種、パン種、隠された宝、真珠、そして網です。イエスは、そのうち二つの意味を弟子たちに説明されます。この章は、小さく始まる天国、みことばを受け入れる備えのできた心を求める天国、そしてすべてを捧げる価値のある天国を描きます。章の結びは、ナザレでイエスが退けられる場面です。

この章の6つの区分

  1. 1-23節種まきと四つの地
  2. 24-30節麦と毒麦
  3. 31-35節からし種とパン種
  4. 36-43節イエスが毒麦のたとえを説明される
  5. 44-52節宝、真珠、そして網
  6. 53-58節ナザレで退けられるイエス

1その日、イエスは家を出て、海べにすわっておられた。

2ところが、大ぜいの群衆がみもとに集まったので、イエスは舟に乗ってすわられ、群衆はみな岸に立っていた。

3イエスは譬で多くの事を語り、こう言われた、「見よ、種まきが種をまきに出て行った。

4まいているうちに、道ばたに落ちた種があった。すると、鳥がきて食べてしまった。

5ほかの種は土の薄い石地に落ちた。そこは土が深くないので、すぐ芽を出したが、

6日が上ると焼けて、根がないために枯れてしまった。

7ほかの種はいばらの地に落ちた。すると、いばらが伸びて、ふさいでしまった。

8ほかの種は良い地に落ちて実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。

9耳のある者は聞くがよい」。

10それから、弟子たちがイエスに近寄ってきて言った、「なぜ、彼らに譬でお話しになるのですか」。

11そこでイエスは答えて言われた、「あなたがたには、天国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていない。

12おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。

13だから、彼らには譬で語るのである。それは彼らが、見ても見ず、聞いても聞かず、また悟らないからである。

14こうしてイザヤの言った預言が、彼らの上に成就したのである。『あなたがたは聞くには聞くが、決して悟らない。見るには見るが、決して認めない。

15この民の心は鈍くなり、その耳は聞えにくく、その目は閉じている。それは、彼らが目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず、悔い改めていやされることがないためである』。

16しかし、あなたがたの目は見ており、耳は聞いているから、さいわいである。

17あなたがたによく言っておく。多くの預言者や義人は、あなたがたの見ていることを見ようと熱心に願ったが、見ることができず、またあなたがたの聞いていることを聞こうとしたが、聞けなかったのである。

18そこで、種まきの譬を聞きなさい。

19だれでも御国の言を聞いて悟らないならば、悪い者がきて、その人の心にまかれたものを奪いとって行く。道ばたにまかれたものというのは、そういう人のことである。

20石地にまかれたものというのは、御言を聞くと、すぐに喜んで受ける人のことである。

21その中に根がないので、しばらく続くだけであって、御言のために困難や迫害が起ってくると、すぐつまずいてしまう。

22また、いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言をふさぐので、実を結ばなくなる人のことである。

23また、良い地にまかれたものとは、御言を聞いて悟る人のことであって、そういう人が実を結び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのである」。

24また、ほかの譬を彼らに示して言われた、「天国は、良い種を自分の畑にまいておいた人のようなものである。

25人々が眠っている間に敵がきて、麦の中に毒麦をまいて立ち去った。

26芽がはえ出て実を結ぶと、同時に毒麦もあらわれてきた。

27僕たちがきて、家の主人に言った、『ご主人様、畑におまきになったのは、良い種ではありませんでしたか。どうして毒麦がはえてきたのですか』。

28主人は言った、『それは敵のしわざだ』。すると僕たちが言った『では行って、それを抜き集めましょうか』。

29彼は言った、『いや、毒麦を集めようとして、麦も一緒に抜くかも知れない。

30収穫まで、両方とも育つままにしておけ。収穫の時になったら、刈る者に、まず毒麦を集めて束にして焼き、麦の方は集めて倉に入れてくれ、と言いつけよう』」。

31また、ほかの譬を彼らに示して言われた、「天国は、一粒のからし種のようなものである。ある人がそれをとって畑にまくと、

32それはどんな種よりも小さいが、成長すると、野菜の中でいちばん大きくなり、空の鳥がきて、その枝に宿るほどの木になる」。

33またほかの譬を彼らに語られた、「天国は、パン種のようなものである。女がそれを取って三斗の粉の中に混ぜると、全体がふくらんでくる」。

34イエスはこれらのことをすべて、譬で群衆に語られた。譬によらないでは何事も彼らに語られなかった。

35これは預言者によって言われたことが、成就するためである、「わたしは口を開いて譬を語り、世の初めから隠されていることを語り出そう」。

36それからイエスは、群衆をあとに残して家にはいられた。すると弟子たちは、みもとにきて言った、「畑の毒麦の譬を説明してください」。

37イエスは答えて言われた、「良い種をまく者は、人の子である。

38畑は世界である。良い種と言うのは御国の子たちで、毒麦は悪い者の子たちである。

39それをまいた敵は悪魔である。収穫とは世の終りのことで、刈る者は御使たちである。

40だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終りにもそのとおりになるであろう。

41人の子はその使たちをつかわし、つまずきとなるものと不法を行う者とを、ことごとく御国からとり集めて、

42炉の火に投げ入れさせるであろう。そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。

43そのとき、義人たちは彼らの父の御国で、太陽のように輝きわたるであろう。耳のある者は聞くがよい。

44天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。

45また天国は、良い真珠を捜している商人のようなものである。

46高価な真珠一個を見いだすと、行って持ち物をみな売りはらい、そしてこれを買うのである。

47また天国は、海におろして、あらゆる種類の魚を囲みいれる網のようなものである。

48それがいっぱいになると岸に引き上げ、そしてすわって、良いのを器に入れ、悪いのを外へ捨てるのである。

49世の終りにも、そのとおりになるであろう。すなわち、御使たちがきて、義人のうちから悪人をえり分け、

50そして炉の火に投げこむであろう。そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。

51あなたがたは、これらのことが皆わかったか」。彼らは「わかりました」と答えた。

52そこで、イエスは彼らに言われた、「それだから、天国のことを学んだ学者は、新しいものと古いものとを、その倉から取り出す一家の主人のようなものである」。

53イエスはこれらの譬を語り終えてから、そこを立ち去られた。

54そして郷里に行き、会堂で人々を教えられたところ、彼らは驚いて言った、「この人は、この知恵とこれらの力あるわざとを、どこで習ってきたのか。

55この人は大工の子ではないか。母はマリヤといい、兄弟たちは、ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。

56またその姉妹たちもみな、わたしたちと一緒にいるではないか。こんな数々のことを、いったい、どこで習ってきたのか」。

57こうして人々はイエスにつまずいた。しかし、イエスは言われた、「預言者は、自分の郷里や自分の家以外では、どこででも敬われないことはない」。

58そして彼らの不信仰のゆえに、そこでは力あるわざを、あまりなさらなかった。

鍵となる聖句

3節
イエスは譬で多くの事を語り、こう言われた、「見よ、種まきが種をまきに出て行った。

イエスは、種をまきに出て行く種まきの姿で教えを始められます。主題は、みことばがどう受け入れられるかです。種は同じで、違うのは地のほうです。

30節
収穫まで、両方とも育つままにしておけ。収穫の時になったら、刈る者に、まず毒麦を集めて束にして焼き、麦の方は集めて倉に入れてくれ、と言いつけよう』」。

毒麦のたとえで、主人は雑草をすぐには抜かせません。刈り入れまで麦と毒麦を一緒に育てさせます。選り分けるのは神のなさることで、神の時に行われます。

31-32節
また、ほかの譬を彼らに示して言われた、「天国は、一粒のからし種のようなものである。ある人がそれをとって畑にまくと、 それはどんな種よりも小さいが、成長すると、野菜の中でいちばん大きくなり、空の鳥がきて、その枝に宿るほどの木になる」。

からし種は種の中でいちばん小さいのに、大きな木になります。神の国は小さく始まり、思いもよらないほど大きく成長します。

44節
天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。

ある人が隠された宝を見つけ、喜んで持ち物をみな売り払い、その畑を買います。天国はすべてにまさる価値があり、手放すことは損失ではなく喜びとして行われます。

58節
そして彼らの不信仰のゆえに、そこでは力あるわざを、あまりなさらなかった。

ナザレでは、人々の不信仰のために、イエスは多くの奇跡を行われませんでした。章は警告で終わります。慣れや先入観は、神がなさっていることに気づくのを妨げることがあります。

この章に登場する人物

説教が語っていること

種まきのたとえに学ぶ:あなたの心はどの地面ですかジャン=マルク・ボトロンはマタイ13章1節から9節を読みます。種は神のみことばであり、地は私たちの心です。みことばを聞くとき、それがどの地に落ちているのかを自分に問うよう招きます。要約を読む →あなたの魂は元気ですか。種まきのたとえの四つの土地ダヴィッド・ポティエは、地という言葉を魂に置き換えることを提案します。すると、このたとえは四つのタイプの魂を描くことになり、神は魂を探し求める方として示されます。要約を読む →敵があなたのまなざしに蒫く毒麦トグベ・ネゲは毒麦のたとえをもとに、敵はまず、神に対する、自分に対する、兄弟に対するまなざしを乱そうとすると語り、イエスこそがその解毒剤であると示します。要約を読む →からし種とパン種―小さく始まり、成長する神の国バンジャマンはマタイ13章31節から33節を二つの層で読みます。時代を通して世界の中で成長する神の国と、一人ひとりの弟子の心の中で辛抱強く成長する神の国です。要約を読む →宝と真珠 ― イエスのためにすべてを手放す宝と真珠という二つのたとえについて、バンジャマンは問いかけます。あなたは神の国の価値をつかんでいますか。それを手に入れるために、すべてを手放す備えがありますか。要約を読む →

マタイによる福音書13章についてよくある質問

マタイ13章の種まきのたとえはどういう意味ですか

イエスご自身が、18節から23節でこのたとえを説明しておられます。種は御国のみことばです。道ばた、石地、いばらは、それを失う三つの形、つまり無関心、根のない熱心、思い煩いと富を表します。良い地は、みことばを悟って実を結ぶ心です。

毒麦のたとえのメッセージは何ですか

敵が麦畑に毒麦をまきます。主人は、麦を誤って抜かないように、刈り入れまで両方を育てるよう言います。イエスは、畑は世界であり、終わりのときに神が正しい者と悪い者を分けられると説明されます。最後のさばきは私たちではなく、神のものです。

なぜイエスはたとえで話されるのですか

10節から17節で、イエスは弟子たちに、たとえは開かれた心を持つ人には御国の奥義を明らかにし、ほかの人は聞いても悟らないと答えられます。絵のように語られる話は心に残り、聞く人に立場を決めさせます。この答えにあるさばきと恵みの割合については、クリスチャンの間でも議論があります。

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