聖書 — 口語訳 (1955)

伝道の書 9

概要

伝道の書9章は、死を正面から見つめます。義人も悪人も同じ運命にあり、死者は日の下で行われることにもはや関わりを持ちません。伝道者はそこから、人生を神の賜物として、そのパン、その酒、その働きを、感謝をもって味わうようにと結論します。続いて、成功が必ずしも強い者のものではなく、時と災難は人の手の及ばないものだと述べます。章の終わりは、貧しい人の知恵が力にまさるという物語で結ばれます。

この章の4つの区分

  1. 1-6節すべての人に同じ運命、そして生きる者の望み
  2. 7-10節人生を楽しみ、時のあるうちに行動する
  3. 11-12節時と災難は人の手の及ばないもの
  4. 13-18節貧しい人の知恵は力にまさる

1わたしはこのすべての事に心を用いて、このすべての事を明らかにしようとした。すなわち正しい者と賢い者、および彼らのわざが、神の手にあることを明らかにしようとした。愛するか憎むかは人にはわからない。彼らの前にあるすべてのことは空である。

2すべての人に臨むところは、みな同様である。正しい者にも正しくない者にも、善良な者にも悪い者にも、清い者にも汚れた者にも、犠牲をささげる者にも、犠牲をささげない者にも、その臨むところは同様である。善良な人も罪びとも異なることはない。誓いをなす者も、誓いをなすことを恐れる者も異なることはない。

3すべての人に同一に臨むのは、日の下に行われるすべての事のうちの悪事である。また人の心は悪に満ち、その生きている間は、狂気がその心のうちにあり、その後は死者のもとに行くのである。

4すべて生ける者に連なる者には望みがある。生ける犬は、死せるししにまさるからである。

5生きている者は死ぬべき事を知っている。しかし死者は何事をも知らない、また、もはや報いを受けることもない。その記憶に残る事がらさえも、ついに忘れられる。

6その愛も、憎しみも、ねたみも、すでに消えうせて、彼らはもはや日の下に行われるすべての事に、永久にかかわることがない。

7あなたは行って、喜びをもってあなたのパンを食べ、楽しい心をもってあなたの酒を飲むがよい。神はすでに、あなたのわざをよみせられたからである。

8あなたの衣を常に白くせよ。あなたの頭に油を絶やすな。

9日の下で神から賜わったあなたの空なる命の日の間、あなたはその愛する妻と共に楽しく暮すがよい。これはあなたが世にあってうける分、あなたが日の下で労する労苦によって得るものだからである。

10すべてあなたの手のなしうる事は、力をつくしてなせ。あなたの行く陰府には、わざも、計略も、知識も、知恵もないからである。

11わたしはまた日の下を見たが、必ずしも速い者が競走に勝つのではなく、強い者が戦いに勝つのでもない。また賢い者がパンを得るのでもなく、さとき者が富を得るのでもない。また知識ある者が恵みを得るのでもない。しかし時と災難はすべての人に臨む。

12人はその時を知らない。魚がわざわいの網にかかり、鳥がわなにかかるように、人の子らもわざわいの時が突然彼らに臨む時、それにかかるのである。

13またわたしは日の下にこのような知恵の例を見た。これはわたしにとって大きな事である。

14ここに一つの小さい町があって、そこに住む人は少なかったが、大いなる王が攻めて来て、これを囲み、これに向かって大きな雲梯を建てた。

15しかし、町のうちにひとりの貧しい知恵のある人がいて、その知恵をもって町を救った。ところがだれひとり、その貧しい人を記憶する者がなかった。

16そこでわたしは言う、「知恵は力にまさる。しかしかの貧しい人の知恵は軽んぜられ、その言葉は聞かれなかった」。

17静かに聞かれる知者の言葉は、愚かな者の中のつかさたる者の叫びにまさる。

18知恵は戦いの武器にまさる。しかし、ひとりの罪びとは多くの良きわざを滅ぼす。

鍵となる聖句

4-5節
すべて生ける者に連なる者には望みがある。生ける犬は、死せるししにまさるからである。 生きている者は死ぬべき事を知っている。しかし死者は何事をも知らない、また、もはや報いを受けることもない。その記憶に残る事がらさえも、ついに忘れられる。

「すべて生ける者に連なる者には望みがある」。伝道者は日の下で見ることから語ります。生きている者は死ぬことを知っており、まだ行動することができます。この限りは、大切なことを先延ばしにしないよう招いています。

7-9節
あなたは行って、喜びをもってあなたのパンを食べ、楽しい心をもってあなたの酒を飲むがよい。神はすでに、あなたのわざをよみせられたからである。 あなたの衣を常に白くせよ。あなたの頭に油を絶やすな。 日の下で神から賜わったあなたの空なる命の日の間、あなたはその愛する妻と共に楽しく暮すがよい。これはあなたが世にあってうける分、あなたが日の下で労する労苦によって得るものだからである。

伝道者は、喜びをもって食べ、愛する人と人生を楽しみ、これらの日々を神が与えてくださった分として受けるよう招きます。喜びは逃避ではなく、感謝に満ちた応答です。

10節
すべてあなたの手のなしうる事は、力をつくしてなせ。あなたの行く陰府には、わざも、計略も、知識も、知恵もないからである。

「すべてあなたの手のなしうる事は、力をつくしてなせ」。死のあとには、もはやわざがないからです。今、ここで、真剣に仕えるようにとの招きです。

11-12節
わたしはまた日の下を見たが、必ずしも速い者が競走に勝つのではなく、強い者が戦いに勝つのでもない。また賢い者がパンを得るのでもなく、さとき者が富を得るのでもない。また知識ある者が恵みを得るのでもない。しかし時と災難はすべての人に臨む。 人はその時を知らない。魚がわざわいの網にかかり、鳥がわなにかかるように、人の子らもわざわいの時が突然彼らに臨む時、それにかかるのである。

成功は才能だけで決まりません。時と災難も関わります。本文は何もしないことを勧めるのではなく、自分の時も出来事も、自分では支配できないことを思い起こさせます。

16-18節
そこでわたしは言う、「知恵は力にまさる。しかしかの貧しい人の知恵は軽んぜられ、その言葉は聞かれなかった」。 静かに聞かれる知者の言葉は、愚かな者の中のつかさたる者の叫びにまさる。 知恵は戦いの武器にまさる。しかし、ひとりの罪びとは多くの良きわざを滅ぼす。

知恵は力にまさりますが、貧しい人の知恵はしばしば軽んじられます。この箇所は、支配する者の叫びと、一人の罪びとが多くの良きわざを滅ぼすことへの警告でもあります。

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説教が語っていること

伝道の書9章についてよくある質問

伝道の書9章10節はどういう意味ですか。

この節は、手のなしうることを力をつくしてなすよう勧めます。死のあとには、もはやわざも、計略も、知識も、知恵もないからです。文脈では、今の時を真剣に生きるようにとの呼びかけです。死後に何があるかを詳しく述べているわけではなく、それは他の聖書の箇所が語っています。

伝道の書9章の中心的なメッセージは何ですか。

死はすべての人に臨み、人生は予測できません。しかし伝道者はそこから絶望を導きません。人生を神の賜物として受け、力をつくして働き、力よりも知恵を尊び、生きている間は望みを保つようにと招いています。

なぜ伝道の書は、死者は何事をも知らないと言うのですか。

伝道者は、日の下で見られる死を描いています。もはや行動も、報いも、この世のことの中での居場所もありません(5節と6節)。見たことを語っているのであり、特にキリストにある復活について、神が他の箇所で啓示されていることのすべてを語っているのではありません。

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