使徒行伝9章:神が置かれた場所で、あなたはキリストの大使です

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はじめに

ラファエル・Gは、誰もが身に覚えのある小さな気まずさの話から始めます。喜びについて抑揚のない調子で語るスイスのある大統領。国際的なスピーチで「I can English understand」と言ってしまった別の大統領。「あの人は、わたしと同じユニフォームを着ているんだ」。親戚や上司、あるいは子どもが来客の前で、わたしたちの名前で奇妙なことを口にしたときにも、同じ居心地の悪さを覚えます。

「自覚していてもいなくても、あなたは自分より大きな集団の大使です」。問題は、あなたが誰かを代表しているかどうかではなく、誰を、どのように代表しているかです。クリスチャンであれば、あなたは自分の教会を、クリスチャン全体を、そして何よりキリストを代表しています。

このメッセージは、使徒パウロの生涯をたどるシリーズ「アポストロス、日常の大使」の幕開けです。ラファエル・Gは、キリストを代表することは「マイクを握る人」や「ポスターに載る人」だけのものではないと確信しています。パウロは信仰の巨人でしたが、あなたと同じ性質をもつ普通の人でした。その生涯は、あなた自身の使命を生きるための手がかりになります。

メッセージの流れ

1. アポストロス、政治用語がクリスチャンの言葉になった

  • アポストロスはギリシア語で、日本語の「使徒」の語源です。「遣わされた者」「使者」「大使」という意味があります。説教者によれば、新約聖書に約80回登場し、その多くはパウロの筆によるものです。
  • 使徒たちの時代、この言葉に宗教的な響きはありませんでした。政治と軍事の用語で、ローマは征服した町に皇帝の権威のもとでアポストロスを送り、町を変えさせました。「皇帝がその町に来たときに、町がローマと同じようになっているように」です。
  • 紀元前44年にローマの植民市として再建されたコリントには、もともとコリント式の柱はありませんでした。その建築様式も文化も言語も、ローマが持ち込んだものです。マケドニアのピリピも同じです。
  • 初代のクリスチャンたちは、この言葉をキリストが世に遣わす人々のために用いました。建物を変えるためではなく、町の空気を変えるためです。イエスが来られるとき、ジュネーブが「天の姿に造り変えられている」ように。
  • そうすると、主の祈りは使徒的な祈りになります。「御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように」(マタイ6:10)。

2. 十二使徒よりもはるかに多く

  • マルコ3章で、イエスは十二人を選び、使徒という名を与えました。彼らがイエスと共にいるため、そして彼らを遣わして宣教させるためです。
  • ルカ10章では、ほかに七十人の弟子を任命し、二人ずつ遣わします。「収穫は多いが、働き人が少ない。だから、収穫の主に願って、その収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい」。
  • 新約聖書には、バルナバ、イエスの兄弟ヤコブ、そしてパウロの同労者であるテトス、シルワノ、テモテ、エパフロデト、アンドロニコ、ユニアの名も挙げられています。ユニアは、使徒と呼ばれている女性です。
  • パウロはガラテヤ1:1で自分をこう紹介しています。「人からでもなく、人によるのでもなく、イエス・キリストと、彼を死人の中から甦らせた父なる神とによった」使徒。彼は十二使徒と同じ意味での使徒ではありませんでしたが、自分が遣わされた者であることを知っていました。「そのために、わたしは鎖につながれて使者の務をしている」(エペソ6:20)。

3. わたしたちはキリストの大使です

  • パウロは第二コリント5:17-20で、すべての信じる者に向けて語ります。神はキリストによってわたしたちをご自分と和解させ、和解の務めをゆだねてくださいました。説教者が読んだ訳では、20節は「わたしたちはキリストの大使です」となっています。
  • 説教者が心を打たれたのは動詞です。パウロは「あなたがたはなるでしょう」とも「なることを学びなさい」とも言いません。「わたしたちは〜である」と言います。「これはアイデンティティの問題です。気づいていようといまいと、あなたはすでに大使なのです」。唯一の条件は、神と和解していることです。
  • フランシス・チャンは、こうまとめています。宣教とは伝道プログラムでも教会の活動でもなく、わたしたちを定義するものです。チャールズ・スポルジョンはさらに辛辣に言います。「すべてのクリスチャンは、宣教師であるか、偽り者であるかのどちらかです」。
  • 回心によって、あなたは神の国の市民としてのパスポートを受け取りますが、地上にとどまります。ここでは、景色を楽しむ観光客として暮らすのではありません。あなた自身の人生よりもはるかに大きな国を代表するために、ここにいるのです。
  • 西洋のキリスト教は、しばしば「わたしの救い、わたしの平安、わたしの喜び」を中心にした信仰を好みます。ジョン・タイソンは、わたしたちの文化が自分自身の充足のために生きるよう促すのに対し、イエスは自分を超えた使命のために生きるよう招いておられると語ります。

4. 弟子、建て上げる人、大使

  • 説教者は教会のビジョンを語ります。ジュネーブの人々、つまりグレーター・ジュネーブに住み、働く人々を導き、キリストの弟子となり、共同体の中で建て上げる人となり、都市と文化の中で大使となるようにすることです。
  • キリストの弟子とは、イエスに従うことを選び、日々イエスと共に生き、イエスを知り、イエスに似た者となろうとする人のことです。
  • 建て上げる人とは、ほかの弟子たちと人生を分かち合い、ほかの人々が成長するように、自分の持ち物、力、人間関係をささげる弟子のことです。
  • 大使とは、御国の心と文化を映し出す建て上げる人のことです。まだイエスを知らない人々の益のために力を尽くし、神が置かれたところならどこでも、行いと言葉で証しをします。
  • もしあなたが、月曜日から土曜日まで本当に和解の大使として生きるなら、仕事の仕方、隣人との関わり、家族との関係は、どう変わるでしょうか。

5. タルソのサウロ、事件現場

  • 聖書が初めてサウロを紹介する場面は、石打ちの現場です。ステパノ殺害の立会人たちが、上着を「サウロという青年の足もと」に置きます(使徒行伝7:58)。サウロはこの殺害に賛成し、その後、教会を荒らし回り、家々に押し入って男も女も引き出し、牢に入れました(使徒行伝8:1-3)。
  • 「あの人とは友だちになれないだろうな」。説教者にとって、このときのサウロは、自分と考えの違う者を死に追いやることも辞さない宗教的な過激派です。
  • サウロはユダヤ名、パウロはローマ名です。名前を変えたのではなく、最初から両方をもっていました。ベニヤミン族のユダヤ人、ヘブル人の中のヘブル人で、キリキヤのタルソで生まれました。ギリシア文化の色濃い町です。そして生まれながらのローマ市民でした。「国際人です。ジュネーブのパウロですね」と、説教者は笑顔で言います。
  • 当時最も評価されていた神学者の一人ガマリエルのもとで学び、イエスとほぼ同じ頃に生まれました。十字架のとき、おそらくエルサレムにいたでしょう。怒りが募り、ついに「脅迫、殺害の息をはずませる」ほどになりました(使徒行伝9:1)。
  • 彼は大祭司に、ダマスコの弟子たちを捕らえるための手紙を求めます。いわば、自分がアポストロスとして遣わされたわけです。彼は神のみこころを行っていると信じていました。この物語は、わたしたちも神の望みを行っているつもりで、みこころから完全に外れてしまうことがあると思い出させてくれます。
  • 道の途中で、天からの光が彼を包みます。「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」。「主よ、あなたはどなたですか」。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」(使徒行伝9:3-5)。アウグスティヌスは、この回心を「反抗する意志の激しい捕獲」と呼びました。
  • 第一の教訓。神の恵みから遠すぎる人はいません。身近な人や友人、同僚が決して神のもとに来ないだろうと思いながら祈っているなら、「それは間違いだと言わせてください」。
  • 第二の教訓。日曜の朝のきれいなシャツと良い香りの陰には、恵みを必要としていた罪人たちがいます。神から遠いと感じているなら、「ようこそ、仲間です」。そしてイエスと共に二十年、三十年と歩んできたなら、自分がどこから来たのかを思い出してください(第一テモテ1:13-14)。

6. サウロが遣わされる

  • 目が見えなくなったサウロは、三日間、見ることも食べることも飲むこともできません。そのとき主はダマスコの弟子アナニヤに語りかけ、「直線通り」にいるタルソのサウロのもとへ遣わします(使徒行伝9:9-12)。
  • アナニヤは抗議します。この人がどれほどの悪を行ったかを知っているからです。説教者はその気持ちがわかると言います。「主よ、あなたの命じることなら喜んでします。ただ、この人だけは、ちょっと」。それは、ナチスの親衛隊から逃げていたユダヤ人に、ヒトラーのために祈りに行きなさいと頼むようなものでした。
  • 主は答えます。「さあ、行きなさい。この人はわたしの名を、異邦人、王たち、またイスラエルの子らにのべ伝える、わたしの選びの器である」(使徒行伝9:15)。アナニヤは従います。
  • 彼はサウロの上に手を置いて言います。「兄弟サウロよ、あなたが来る途中で現れた主イエスは、あなたが再び見えるようになるため、そして聖霊に満たされるために、わたしをここにお遣わしになったのです」(使徒行伝9:17)。ユダヤ最高の権威から遣わされたと思っていたサウロは、宇宙で最高の権威から遣わされた使者に出会います。
  • ジョン・ストットは、これがおそらく回心後のサウロが初めてクリスチャンから聞いた言葉だと指摘しています。兄弟としての歓迎、「兄弟」という呼びかけです。ラファエル・Gにとって、これはあなたが召されていることです。自分と似ていない人、違う考えや違う生き方をもつ人、さらにはあなたが怖いと感じる人に対しても。「教会は、あなたやわたしとはまったく違う人々のために存在しているのです」。
  • 回心して間もないサウロは、ダマスコの会堂でイエスを宣べ伝え(使徒行伝9:20)、その後エルサレムでも大胆に語ります。中間の段階はありません。受け取ったものが少なくても、あなたはすでにそれを伝えることができます。
  • 命を狙われた彼は、兄弟たちによってタルソへ送り出されます(使徒行伝9:30)。異邦人や王たちのもとへ行く前に、まず自分の家へ遣わされたのです。彼の町、家族、幼なじみ、天幕作りの仕事のもとへ。
  • 説教者は自分の歩みを語ります。モントリオールで神学の学位を取り、ヌーヴェル・ヴィ教会の青年部で奉仕したあと、妻と娘、十個ほどのスーツケース、そして生まれてくる二人目の子と共に、フランス語圏のヨーロッパへ宣教に出る準備ができていました。さまざまな状況を通して、主は彼らに言われました。「あなたがたは、あなたがたの人々のところで、わたしの証人となる」。彼は、以前働いていた建築事務所に戻り、育った地区のアパートに住み、回心した共同体に戻りました。

7. イエス、究極の大使

  • このメッセージは「さあ、遣わされて、精一杯がんばりなさい」ということではありません。究極の大使、究極のアポストロスは、イエス・キリストです。
  • イエスは神の大使としてわたしたちのところに来られ、わたしたちを父と和解させてくださいました。今は、神の前でわたしたちの大使となっておられます。
  • 「イエスが遣わされたから、わたしたちも遣わされることができるのです」。あなたのすぐそばにいる人々に、イエスの足跡をたどり、イエスのやり方でイエスを代表することができます。
  • 説教者は、教会に手を開くよう招いて結びます。「主よ、わたしは準備ができています。わたしを遣わしたいなら、行きます。でも、ひとりでは行きません。わたしの内に、あなたの御霊が必要です」。証しが言葉だけで終わらず、生き方となるように。

心に留めたいこと

  • アポストロスとは、遣わされた者、大使のことです。町を造り変え、王が来られたときに、その町が王の国のようになっているようにする代表者です。
  • キリストの大使であることは、一部のエリートだけのものではありません。神と和解しているなら、あなたはすでに大使です(第二コリント5:20)。
  • 神の恵みから遠すぎる人はいません。迫害者サウロは、使徒パウロになりました。
  • アナニヤのように、あなたも自分とまったく違う人々に「兄弟」と呼びかけるよう召されています。
  • 遠くへ行く前に、神はまず、あなたの家庭、地域、職場へとあなたを遣わされることがよくあります。イエスが先に遣わされたから、あなたも行くことができます。

私の生活への適用

  1. 今日、職場で、住まいで、あるいはオンラインで、あなたは言葉や態度、反応を通して誰を代表していますか。
  2. あなたの信仰は、神があなたのために何をしてくださるかに中心があるでしょうか。それとも、神があなたを通して果たされる使命に中心があるでしょうか。
  3. 神から遠すぎると思い込んで、祈るのをやめてしまった人は誰ですか。
  4. あなたにとっての「サウロ」、つまり「兄弟」と呼びかけに行くのがいちばん難しい人は誰ですか。
  5. すでに生活している場所で、自分をキリストに遣わされた者として見るなら、今週、何が変わるでしょうか。

引用された聖書箇所

よくある質問

ギリシア語の「アポストロス」とはどういう意味ですか。

アポストロスは「使徒」の語源で、「遣わされた者」「使者」「大使」を意味します。イエスの時代には政治と軍事の用語で、ローマは征服した町を造り変えるためにアポストロスを送り、皇帝が来たときにその町がローマのようになっているようにしました。初代のクリスチャンたちは、この言葉をキリストが世に遣わす人々のために用いました。

キリストの大使として召されているのは誰ですか。

ラファエル・Gによれば、教会の中の一部のエリートではありません。第二コリント5:20で、説教者が読んだ訳では、パウロは「わたしたちはキリストの大使です」と書いています。大使になるべきだとは言わず、それはアイデンティティだと語っています。唯一の条件は、イエス・キリストによって神と和解していることです。

なぜサウロはまずタルソに遣わされたのですか。

アナニヤは、サウロがイエスの名を異邦人や王たちの前に運ぶことを聞いていました。それでも使徒行伝9:30では、兄弟たちはまず彼を自分の町タルソへ、家族や幼なじみのもとへ送り出します。説教者はここに、すべてのクリスチャンへの召しを見ています。神があなたを置かれた場所に、まず遣わされるということです。

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