はじめに
「わたしの人生に、わたしの家族に、わたしの家に、わたしの教会に、闇は支配しません。」これは、使徒ナニー・ペンベレ(Nany Pembele)が、聖書の本文を読み上げる前に、グルノーブルのセンター・エヴァンジェリック・シオン教会(Centre Évangélique des Églises Sion)の会衆に繰り返させた宣言です。
この礼拝は特別なものでした。教会が「家の父」と呼ぶ使徒は、アンゴラでの宣教から戻ったばかりです。教会の支えと祈りに感謝を述べたあと、フランス語とポルトガル語で、ただ一つの節から語ります。それがイザヤ書9:1です(フランス語のルイ・スゴン訳ではイザヤ書8:23にあたります)。「しかし苦しみにあった地にも、やみがなくなる。」説教者は、今は苦しみのあるこの地の上で、闇はいつまでも支配しないのだと強調します。
使徒はこのメッセージを、教会が年末の祈りの時に掘り下げていく大きなテーマへの導入として語っています。全体を貫く一文は次のとおりです。「闇は、あなたの人生で最後の言葉を持ってはいません。最後の言葉を持っておられるのはイエスです。」
メッセージの構成
1. 闇は夜だけではなく、力である
- 闇とは、まず命も光もない場所のことです。しかし使徒は、実際には闇が「力であり、権力であり、勢力」であることを理解してほしいと語ります。
- 動詞に意味があります。闇は「支配」しません。支配のあるところには王国があり、王国のあるところには王がいます。闇の王国の王はサタンです。
- それは私たちが知っている夜のことではありません。会場はスポットライトで明るく照らされていても、人は闇の下にいることがあります。その闇が霊的なものだからです。
- この王国にはいくつもの次元があります。ごく普通の未信者もその中に生きています。魔術や呪術、オカルトを行い、「サタンの深み」を知っている人は、誰もが知っているわけではない闇の次元に生きています。
2. あなたは別の王国の光を携えている
- 私たちが携えている光は物理的なものではありません。「電気でも太陽でもありません」。光であるイエスを持つとき、あなたも光となります。
- 「あなたは光の世界にいるだけではなく、あなた自身が光なのです。」光が力であり、それがあなたのうちに住んでいるなら、一つの王国があなたのうちに住んでいることになります。光の王国です。
- あなたはこの世にいますが、闇のこの世のものではありません。あなたは別の王国に属しています。
- 誕生には二つあります。自然の誕生と、霊的な誕生です。キリストにあって生まれたのですから、「あなたは輝くために生まれ、輝かなければなりません」。
3. 闇を通っても、闇に支配されない
- クリスチャンにとって、闇とは試練のことです。困難な時期、混乱の時期、落ち込みの時期です。
- ダビデはそれを知っていました。神と共に歩んでいたのに、こう言いました。「たとい、わたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです」(詩篇23:4)。闇を通ることはあっても、闇が支配することはありません。
- ヨブは神を恐れ、誠実に歩んでいました。それでも財産も子どもたちもすべてを失いました。闇の世界を通っている間も、彼は信仰を失わず、自分を贖う方が最後に立たれると宣言しました(ヨブ記19:25)。
- ラザロは病を経験し、そして墓に入りました。しかしイエスは彼を愛しておられ、四日目に光が現れました。墓の闇はいつまでも支配しなかったのです。「出てきなさい、光の中に来なさい。」
- 「どうしてわたしが」と泣いて尋ねる人に、使徒は答えます。「神はご自分の子どもたちを決して見捨てません。」そしてこう祈ります。「立ち上がり、照らされなさい。神の光があなたを見つけてくださいますように。」
4. イエスは十字架の闇を通られた
- 私たちの主ご自身も、戦いを受けられました。朝の九時にゴルゴタで十字架につけられ、真昼に闇が地を覆い、午後三時まで続くのをご覧になりました(マルコによる福音書15:25, 33)。
- その間、イエスは闇の世界の王と戦い、三時にその頭を砕かれました。イエスが勝利されたように、あなたもこの試練と病に打ち勝つ、と使徒は宣言します。
- 「光は、ろうそくの光だけであっても、闇が深いことがあります。それでも光は、必ず闇を追い払います。」罪が増し加わったところには、恵みもますます満ちあふれました(ローマ人への手紙5:20)。
- あなたは攻撃され、ひどい扱いを受け、誤解され、望まない決断へと追い込まれたことがあるかもしれません。「うそはエレベーターに乗ります。真理は階段を上ります。」けれども、真理は必ず着きます。
- 「敵はわたしを泣かせることはできても、わたしのうちにある光を捕らえておくことは決してできません。」あなたのうちにある平安を、誰も奪うことはできません。
5. 小羊の血があなたの家族について最後の言葉を持つ
- 使徒は、呪術が支配し、呪いが支配していると本人が語る家庭の出身者に向けて語ります。あなたの運命は敵の手の中にはなく、主の手の中にあります。主は、あらかじめ定めた者を召し、召した者を義とし、義とした者に栄光を与えられました(ローマ人への手紙8:30)。
- ある人が使徒に、曽祖父母が呪術師で、呪いが今も続いていると言ったことがありました。使徒は、聖書は最後まで読まなければならないと答えました。黙示録は聖書の結びであり、こう書かれています。「兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしの言葉とによって、彼にうち勝った」(ヨハネの黙示録12:11)。
- 「あなたの両親の人生を変えることができなかったイエスの血は、あなたの番では、あなたを見逃しません。」また、こうも語ります。「わたしは家族の中にいますが、もう家族のものではありません。」
- 全世界は悪しき者の支配下にあります(ヨハネの第一の手紙5:19)。「星は闇の中でしか輝きません」。あなたがこの家族に生まれる必要があったのは、そこで神の栄光を現すためでした。そしてイエスの血があなたを見つけてくださったのなら、ほかの人を責めないでください。その血は、家族のほかの人たちをも見つけることができます。
- 小羊の血を、ほかの血に置き換えてみてください。あなたの使徒、牧師、父、会長、母の血です。すると文は変わり、彼らは失敗したことになります。聖書が語る血は、ただ一つです。
6. ダビデの子よ、わたしの目を開いてください
- バプテスマのヨハネはイエスを見たとき、「見よ、神の子だ」とは言わず、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と言いました(ヨハネによる福音書1:29)。
- ユダ族の獅子は強く、すべての敵を倒すことができますが、罪を根こそぎにはできません。それができる唯一の動物は小羊です。罪も呪いも闇も取り除く血を流す、いけにえです。
- 使徒はバルティマイの物語が好きです。この盲人は「神の子」とは叫ばず、「ダビデの子」と叫びました(マルコによる福音書10:47)。イスラエルでは、多くの人がイエスを大工の子と見ていました。
- ダビデは王であり、その治世は永遠の王国を指し示しています。バルティマイは、自分の目を開き、闇から引き出し、光の王国へ連れて行ってくださる方を呼んでいます。イエスが「わたしに何をしてほしいのか」と尋ねられると、彼は見えるようになりたいと答えました(マルコによる福音書10:51)。
7. 耐え抜きなさい。夜は終わりではない
- 「落ち込みはいつまでも支配しません。うそはいつまでも支配しません。病はいつまでも支配しません。恥はいつまでも支配しません。罪はいつまでも支配しません。」
- ダビデは闇を知り、そして勝利しました。ヨブもそうでした。イエスもそうでした。ラザロもそうでした。「あなたも勝利します。どこから来たとしても、家族の闇がどれほどであっても、神に信頼しなさい。」
- あなたのうちにおられる方は、世にいる者よりも大いなる方です(ヨハネの第一の手紙4:4)。「サタンはあなたのうちの光と戦うことはできても、それを消すことは決してできません。」
- 信仰を保ち、信頼を保ち、祈り続けてください。神の約束に寄りかかり、神の時を待ちましょう。あなたが通っている夜は終わりではありません。それは一時的なもので、神はそこであなたに何かを学ばせようとしておられます。
- 権威ある祈りによって、闇の世界、恥、不安、恐れのあらゆる主張に対して、小羊の血とイエスの名を宣言しなさい。「あなたは歴史の正しい側にいます。」「闇は支配することはあっても、いつまでも支配はしません。闇には終わりがあります。」
心に留めたいポイント
- 闇は力であり、サタンを王とする王国です。しかしイザヤ書9:1は、その支配に終わりがあることを告げています。
- キリストにあって、あなたは光の中にいるだけではなく、あなた自身が光であり、輝くために生まれました。
- クリスチャンは、ダビデ、ヨブ、ラザロ、そしてイエスのように、試練の闇を通りながらも、それに人生を支配されることはありません。
- 呪いを断ち切るのは、小羊の血のほかにありません。信じる者が勝利するのは、その血によってです。
- 夜は一時的なものです。闇は最後の言葉を持ちません。最後の言葉を持っておられるのはイエスです。
自分への問いかけ
- 今、あなたはどんな闇の時期を通っていますか。病、混乱、不安、恥でしょうか。
- あなたは自分を、光の中にいる人と見ていますか。それとも、神が置かれた場所で光そのものである人と見ていますか。
- あなたの家族の中に、イエスの血よりも強いとまだ信じている霊的な遺産はありますか。
- 解放されるために、誰に、何に寄りかかっていますか。人でしょうか、働きでしょうか。それとも小羊の血だけでしょうか。
- バルティマイが「ダビデの子」と叫んだように、今日、イエスに何をしてほしいですか。
引用された聖句
- イザヤ書9:1
- 詩篇23:4
- ヨブ記1:1
- ヨブ記19:25
- ヨハネによる福音書11:38-44
- ヘブル人への手紙13:5
- マルコによる福音書15:25-34
- ローマ人への手紙5:20
- ローマ人への手紙8:30
- ヨハネの黙示録12:11
- ヨハネの第一の手紙5:19
- ヨハネによる福音書1:29
- マルコによる福音書10:46-52
- ヨハネの第一の手紙4:4
よくある質問
「闇はいつまでも支配しない」とはどういう意味ですか。
使徒ナニー・ペンベレにとって、闇は単に光がない状態ではなく、サタンを王とする力であり、王国です。イザヤ書9:1は、その支配に終わりがあることを告げています。クリスチャンは闇を通ることがあっても、闇に人生を支配されることはありません。うちにあるイエスの光が、必ず勝利するからです。
なぜクリスチャンでも闇を通るのですか。
クリスチャンにとって、闇とは試練のことです。病、混乱、落ち込み、不安の夜などです。ダビデ、ヨブ、ラザロ、そしてイエスご自身もそれを通られました。説教者は、あなたが輝くために召されているからこそ神はこうした時を許されたのであり、星は夜にしか輝かないのだと語ります。
家族が呪術や呪いに縛られているときはどうすればよいですか。
使徒ナニー・ペンベレは聖書の結びを指し示します。「兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしの言葉とによって、彼にうち勝った」(ヨハネの黙示録12:11)。あなたの両親の人生を変えなかったイエスの血は、あなたを見逃しません。使徒は、闇の世界のあらゆる主張に対して、小羊の血とイエスの名を宣言するよう勧めています。