はじめに
2026年9月20日、北海道の千歳福音キリスト教会は、創立60周年を記念して「生きる希望を見つける」と題した講演会を開きました。講師の木田牧師は、現在は横浜で牧会しており、17歳で加わったこの教会で洗礼を受けた方です。講演のタイトルは「雑草に花を、野良犬に夢を」。副題は、小学生のときはホームレス、10代では暴走族の一員、大人になってからは双極性障害を抱え、「それでも幸せ」という、ご自身の人生を一言で表すものでした。
まず、シンプルな励ましの言葉から始まります。新しいことを始めると、何歳になっても心も体も若く保たれるというのです。80歳でサーフィンを始め、89歳で現役サーファーとしてギネス世界記録に載った男性や、90歳近くになって今年からデイサービスに通い始めたご自身のお母さんの例が挙げられました。牧師仲間の友人の言葉も紹介されます。「今日は、あなたに残された人生で最も新しい日です。」
創世記50章20節が開かれます。「あなたがたはわたしに対して悪を企てたが、神はそれを良きに変らせて、今日のように多くの民の命を救おうとみ計らわれました。」この証しは全体が、この御言葉の光の中で自分の人生を読み直すものです。
メッセージの流れ
1. ヨセフが自分の人生を振り返る
- 創世記50章20節の言葉は、机の上で書かれた美しい文章ではありません。アブラハムのひ孫ヨセフが、人生の終わりに、自分が実際に経験したことを振り返って語った言葉です。
- 彼は悪をされ、不幸を味わい、自分自身も過ちを犯し、苦しみと悲しみの中を通りました。それでも、神がすべてを良いものに変えてくださったと言うことができたのです。
- 木田牧師は一人ひとりに問いかけます。私たちの人生には、喜びと悲しみ、楽しみと痛みが入り混じっています。いつか私たちも、ヨセフとともに「神がそのすべてを良いものに変えてくださった」と言えたら、どんなに幸いでしょうか。
2. 壊れた家庭と、人を立ち上がらせる言葉
- 福島県いわき市で、小さな建設会社を営む社長の次男として生まれました。一家は新築の家に住み、お風呂まで温泉が引かれていました。
- やがて父親がアルコール依存になります。酔うと刃物で家族を脅し、母親は真夜中に、まだ赤ちゃんだった末っ子を背負って3人の子どもを連れて逃げ出しました。会社は倒産し、債権者がすべてを持ち去りに来て、学校の友だちには笑われました。
- お母さんが出会ったあるクリスチャンの女性が、教会に誘ってくれました。そこで聞いたのが、マタイの福音書11章28節のイエスの言葉です。「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。」お母さんの心はとらえられ、3人の子どもを連れて教会に通い始めました。少年はそこに何か温かいもの、「本物のもの」を感じました。
- それでも一家は家を出なければなりませんでした。教会の方々が東京の救世軍を紹介してくださり、救世軍は特別に一家全員を受け入れてくれました。まるで夜逃げのように福島を離れたのは、彼が小学4年生のときです。家も持ち物も友だちも失いました。
- 施設で、お母さんは毎食の前に祈ることを学びました。少年はそこで悟ります。「神様は本当に生きておられる。」家はなくなっても、食べ物は毎日与えられていたからです。
3. 「神様、本当におられるなら、助けてください」
- お母さんが特別なことをしたわけではありません。教会に行き、祈りとも呼べないほどの祈りで神様にもたれかかっただけです。それでも、一歩一歩、道が開かれていきました。
- 今、大きな困難の中にいる人に、木田牧師は心の中でこう言ってみることを勧めます。「神様、本当におられるなら、助けてください。」神様は心をご覧になり、声に出さない祈りも、クリスチャンであるかないかにかかわらず聞いてくださいます。
- この招きの根拠は、マタイの福音書7章7節から8節のイエスの約束です。「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。」
- 牧師は命の尊さを強調します。お金も健康も友人も家族も大切ですが、命はそれ以上に大切です。命がある限り、何度でもやり直せます。ご自身の家族の一人が自ら命を絶ったこと、そして残された人たちの痛みがどれほど深いかも語られました。そのうえで、「決定的な結論を出さないでください」と訴えます。
- 私たちが今日生かされているのは、使命があるからだ、と牧師は確信しています。
4. 心のブレーキがなくなるとき
- 父親はアルコール依存から立ち直れず、暴力は続き、両親は離婚しました。お母さんは、難病を抱えるクリスチャンの男性と再婚し、その方が少年にとって養父となります。一家は小田原に移り住みました。
- そこでは両親の仕事が日曜日にあたり、一家は教会に行かなくなりました。中学3年生のころには、神様をすっかり忘れていました。「心の中にブレーキになるものが何もなかった」彼は、何事にも真剣に取り組む性格のまま、悪の道にも本気で飛び込みます。万引き、飲酒、喫煙、そして高校では土曜の夜の大きな暴走族に加わり、自ら先頭を走る役を買って出ました。
- ここから牧師は、親たちへの教訓を引き出します。子どもを教会に連れて行き続け、御言葉と祈りに触れさせておくことは、とても大切だということです。クリスチャンになってから、彼はそれらの店を訪ねて謝り、できる限り弁償しました。
- 高校2年生のとき、けんかで手を骨折して退学しました。それでも、元の担任の先生は、彼が入学のときに打ち明けた夢を覚えていました。牧場の経営者になるという夢です。先生は北海道の酪農家での働き口を見つけてくれ、経営者は、不良のような見た目にもかかわらず彼を受け入れてくれました。
- そこから彼が学んだのは、大人が若者の外見や過去にとらわれずに期待をかけると、その若者はその期待に応えようと努力し始める、ということです。今は横浜で保育園の理事長としてそれを実践し、北海道で牧師をしていたときには、何度も少年院を訪れて若者たちにこう語りかけました。「キリストにあって、人生はやり直せる。」
5. 何のために生きているのか
- 17歳の冬、牧場で彼は三つの問いを自分に投げかけました。なぜここにいるのか。自分で選んだからだ。なぜ働くのか。生きるためだ。では、なぜ生きているのか。この最後の問いに、彼は答えを持っていませんでした。
- 人間が偶然に生まれ、やがて死ぬだけなら、好きなように生きればいい。しかし彼は、本当の目的があるはずだと感じ、それを切に求めていました。
- ある晩、お風呂の中で、ひとつの言葉が心に浮かびました。「聖書」。クリスチャンになったお母さんが、聖書と入門書を送ってくれていましたが、彼はそれを押し入れの奥に放り込んでいました。新約聖書を開くと、マタイの福音書1章の系図が目に入り、がっかりして閉じてしまいます。
- 最初に読んだ本で、アッシリアからバビロン、ペルシア、ギリシア、ローマに至る世界の歴史が、聖書が預言していたとおりであることを知ります。次に、クリスチャン作家の三浦綾子さんの新約聖書入門を読み、イエスの十字架の死が、私たちの罪の赦しのための、私たちの身代わりの死であることを理解しました。
- ルカの福音書23章34節のイエスの祈りに心を打たれます。「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです。」三浦綾子さんは、そこに幼い子を見つめる母の心を見ています。夜、同室の仲間に聞こえないよう布団をかぶり、彼は涙を流して祈りました。こんなにも愛してくださってありがとうございます、背を向けてごめんなさい、と。
- 彼は、コリント人への第一の手紙10章31節にも、問いの答えを見つけました。「そういうわけだから、あなたがたは、食べるにも飲むにも、何をするにも、すべて神の栄光のためにしなさい。」私たちは神から命をいただいたのだから、神とともに、神のために生きるのです。「外側は何も変わらなかったが、神様が内側を変えてくださった。」
6. 何もできなくても愛されている
- 千歳の教会に加わり、18歳か19歳のころにそこで洗礼を受けました。高校は通信制で卒業し、市内の会社で3年間働き、その後、北海道聖書学院で3年間学びます。そして、北海道の別の教会で18年間、牧師として仕えました。
- 牧会を始めて10年ほどたったころ、燃え尽きてしまいます。福音のために倒れてもいいという覚悟で突っ走っていたのです。入院してもなお抵抗していましたが、主治医に「ここでは、患者でいてください」と言われます。張りつめていたものが一度にほどけ、何日も寝床から起き上がれなくなりました。不安が押し寄せます。このままなのだろうか。
- そのとき、彼は自分の心の奥深くを見つめました。ただ横になっていることしかできない人に、何が残っているのか。そこに、花がひらくように、神の愛を見いだしました。長年語ってきたことが戻ってきたのです。人は、していることのためではなく、あるがままの存在として神に愛されている。
- イザヤ書43章4節が、このとき深い意味を帯びました。「わたしの目には、あなたは高価で尊く、わたしはあなたを愛し」。そこから、医師、看護師、薬剤師の手当て、家族と教会の祈りと具体的な助け、牧師仲間の訪問を通して、ゆっくりと回復していきました。
- 聖書の小さな字を読む力もなかった彼を支えたのは、星野富弘さんの詩でした。星野さんは体育の教師でしたが、事故で体が動かなくなり、口に筆をくわえて絵と文字を書いています。その詩のひとつは、おおよそこう語っています。私には傷がある。けれども、その傷を通して、あなたのやさしさが私の中に入ってくる。
- 水野源三さんの詩も紹介されました。水野さんは子どものころから体が動かず、まばたきでしか意思を伝えられませんでした。ある方から贈られた聖書を、お母さんが一枚一枚めくってくれ、イエス・キリストを信じるようになり、やがて一音ずつ詩を紡ぎました。そのひとつで、彼は悲しみに感謝しています。悲しみが主イエスのもとへ導いてくれた。そこには、この世のものではない大きな喜びと、変わることのない平安があるからです。
7. 神はあなたの物語を良いものに変えられる
- 牧師は、今も双極性障害の治療を続けていることを隠しません。22年たった今も、月に一度の通院です。この病気を自分の性格の一部として見るようにしています。「どん底のときは、そんなふうに考えられない」とも正直に語ります。
- 癒やされることは感謝の理由であり、困難が消えることもそうです。けれども、いつも望みどおりになるとは限りません。それでも「悲しみよ、ありがとう」と言えることが、彼にとっては勝利の人生です。
- 病気でも健康でも、若くても年をとっていても、豊かでも貧しくても、活動的でも寝たきりでも、例外なく、すべての人が神の目に尊い存在です。牧師はこう言います。「生まれてきてくれてありがとう。あなたは喜びです。」
- 受けた悪や不幸、苦しみは、起こってしまったあとでは消せません。しかし、私たちの心がそれをどう受けとめるかは変わりえます。そして、いつか私たちもヨセフのように、神がすべてを良いものに変えてくださったと言えることを、望むことができます。
- 牧師としての定年が近づく今も、夢があります。保育園、子どもたちのための食事、人々を迎える場所、そして日本とアジアと世界でのリバイバルのための祈りです。神様は、雑草か野良犬のようだった人生に、小さな花を咲かせてくださいました。一人ひとりの人生にも、さらに花を咲かせてくださると、牧師は信じています。
心に留めたいこと
- 創世記50章20節は、ひとりの人が自分の人生全体を振り返った言葉です。受けた悪が最後の言葉にはならず、神がそれを良いものに変えてくださいました。
- 「神様、おられるなら助けてください」という素朴な祈りだけで、神様は道を開き始めてくださいます。
- 命がある限り、やり直すことができます。キリストにあって、立ち上がれないほど遠くにいる人はいません。
- 人生の意味は神のうちにあります。神とともに、神の栄光のために生きること。命を与えてくださったのは神だからです。
- 何もできなくなったときでも、あなたはあるがままで神の目に尊い存在です。
自分への問いかけ
- あなたの過去のどんな出来事を、まだ神に委ねきれずにいますか。それを良いものに変えてくださいと、思いきって願えるでしょうか。
- 今、困難の中にいるなら、心の中でただ「神様、本当におられるなら、助けてください」と言えるでしょうか。
- 「なぜ生きているのか」という問いに、あなたはどう答えますか。
- あなたの周りに、期待するのをやめてしまった若者や身近な人はいませんか。その人に、もう一度信頼を寄せることはできないでしょうか。
- 何も生み出せない日にも、神があなたを愛しておられると信じますか。
引用された聖書箇所
よくある質問
創世記50章20節は私たちの人生にとってどんな意味がありますか。
ヨセフは人生の終わりに、振り返ってこの言葉を語りました。悪をされ、不幸を味わったが、神がそれを良いものに変えてくださった、と。木田牧師によれば、経験した悪は消すことができませんが、それを受けとめる心のあり方は変わりえます。そして神は、私たちをいつかヨセフと同じ言葉を語れるところへ導いてくださいます。
木田牧師はどのようにして人生の意味を見つけましたか。
17歳のとき、北海道の酪農場で、なぜ自分は生きているのかと自問しました。母親が送ってくれた聖書と入門書を開き、イエスの十字架の死が自分の身代わりの死であることを理解して、涙を流して祈りました。答えは、コリント人への第一の手紙10章31節にありました。神とともに、神の栄光のために生きることです。
このメッセージは、もう何もできなくなった人に何を語りますか。
燃え尽きて寝たきりになった木田牧師は、自分の心の奥深くに神の愛を見いだしました。イザヤ書43章4節は、神が愛しておられるのはその人自身であり、その人が生み出すものではないことを思い出させてくれました。病気でも健康でも、活動的でも寝たきりでも、すべての人が神の目に尊い存在です。
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