散漫の中で献身を立て直す

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散漫の中で献身を立て直す | Momentum | Efficient Church

はじめに

Momentumは、2025年第3四半期を「RECONSTRUCTION(再建)」という言葉のもとで開きます。ただしこれは、もう存在しない世界を元通りにしようとする、懐かしさに浸った再建ではありません。これは、次に来る2026〜2030年の五カ年、すなわち矛盾の只中での勝利の五カ年として告げられている時代を、すでに準備する預言的な工事です。与えられた言葉は、反対がやむとは約束していません。むしろ、世があなたに反対し、あなたの気を散らそうとする中で、どのように立ち続け、建て上げ、献身を保つかを教えてくれます。このメッセージは、サイクル全体を貫く三つの鍵となる聖句、ヘブライ 12:3、ローマ 13:11、黙示録 21:16を置き、そして開かれるこの一年のための四つの柱、献身・理解・清め・宣教を示します。出エジプト記32章と申命記9章から引き出された一つの教訓は、御言葉を携えて山から下りてきたとき、民がすでに道を外れていることがあり得ると思い出させてくれます。だからあなたは、群衆に拍手されるために建てるのではなく、主が「再建せよ」と言われたから建てるのです。

メッセージの構成

1. 再建とは、矛盾の中で立ち続けること(ヘブライ 12:3)

  • 再建に伴う最初の聖句はヘブライ 12:3です。「あなたがたは、自分の魂に疲れ果てて力を落とすことのないように、罪人たちがこのように反抗するのを忍耐された方のことを、よく考えなさい。」
  • 前の四半期はすでに和解について語っていましたが、今回は矛盾との戦いを開きます。語る人々が現れ、反対する人々が現れるでしょう。それが起きたとき、あなたは崩れ落ちません。それがイエスにも起きたことだと思い出すのです。
  • 悪魔が反対を組織する目的は、あなたを落胆させ、止まらせ、時間を無駄にさせることです。再建とは、自分を正当化することに時間を無駄にするのを拒むことです。主がそうされたように、あなたは前に進みます。
  • あなたの再建とは、敵がいなくなることではなく、敵の只中を歩きながらも魂が沈まないでいられる力のことです。それが、この工事の最初の石です。

2. 再建とは、時が迫っているときに目を覚ますこと(ローマ 13:11)

  • 二つ目の聖句です。「あなたがたは今がどんな時であるかを知っているのですから、なおさらのことです。あなたがたが眠りから覚めるべき時が、すでに来ています。今は、私たちが信じたときよりも、救いが私たちに近づいているからです。」(ローマ 13:11)
  • もはや「大したことではない」と言っていられる時代ではありません。私たちにも、人類にも、緊急性があります。混乱、操作、偽りが渦巻く時代であり、私たちのアイデンティティが決定的に重要です。もはや固まったままでも、ぬるいままでもいられません。私たちは、賢い五人の娘たちと愚かな五人の娘たちの時代の只中にいます。
  • もしあなたが、人生のどこかの領域で、ある奉仕で、ある関係で、神の御前での歩みで眠っていたなら、今こそ目を覚ますときです。再建は、もう眠っている時間はないとあなたが決めるところから始まります。
  • 映画は、終わりが近づくほどあなたを引きつけます。私たちは今、神のご計画のその瞬間にいます。行動の時であって、眠りの時ではありません。

3. 再建とは、これまで見たことのないものを見ると受け入れること(黙示録 21:16)

  • 三つ目の聖句です。「この都は四角で、長さも幅も同じであった。彼はその都を、あの測り竿で測ったが、一万二千スタディオンであった。長さも幅も高さも同じであった。」(黙示録 21:16)新しいエルサレムは立方体です。
  • これは、私たちの枠組みを超えたイメージです。私たちは地球が丸いことを知っています。しかしここで、主は立方体の都について語られます。従来の地図では、これを思い描くことはできません。
  • 主はあなたに告げておられます。「あなたがこれから見るものは、あなたがこれまで見たことのないものだ」と。変化に対して心を閉ざさず、これまで住んだことのないものの中を歩むことを恐れないでください。再建は、昔をそのまま写し取るのではなく、あなたが持っていなかった計画を開いてくれるのです。
  • まだ理解していないものを、あなたは描くことができます。すべてを把握できなくても構いません。大切なのは、主とともに生き、この御言葉を日々思い巡らし、それが形になるときにそれと分かることです。

4. 再建とは、散漫の只中で献身すること(ルカ 17:28-37)

  • 次に来る五カ年の最初の柱は献身です。鍵となる聖句は、イエスがソドムの日々について語られるルカ17章にあります。誰もが気を散らされ、それぞれが自分自身の事柄に忙しくしています。
  • 主はあなたに、身の回りの散漫の只中で献身するよう求めておられます。食べること、買うこと、建てること、嫁ぐことといった普通の生活から逃げるのではなく、それにあなたが握られないようにすることです。
  • 献身は、あなたを賢い娘たちの姿勢に保ちます。準備ができていて、ともし火に油があり、再臨がいつであっても構わない、という姿勢です。献身とは、すべてがうまくいかないときにすることではなく、すべてがいつも通りであるときにすることなのです。
  • この献身は、あなたの現実の中に入っていきます。偽りの梯子を打ち砕きます。あなたを自由にし、他の人々にとっての解放の道具にしてくれます。

5. 再建とは、部分的な理解を受け入れること(コリント第一 13:12-13)

  • 二つ目の柱は理解です。預言的な言葉は、まず理解されるものではなく、まず生きられるものです。それは、世が通り抜けているものと、あなたの人生が通り抜けているものに対して、あなたの位置を定めるためのコンパスとして働きます。
  • コリント第一 13章は、今私たちが鏡におぼろに映るものを見ているのだと思い出させてくれます。私たちの視界も知識も部分的です。すべてを理解できなくても、それは普通のことです。
  • すべてを理解しようとしないでください。それはかないません。御言葉とともに歩み、すでに理解していることに従いなさい。主が、経験を重ねる中で、あなたを照らしてくださいます。
  • いつか振り返ったとき、多くの「なぜ」が意味を持つようになるでしょう。再建とは、霧が晴れるのを待ってから歩き出すことではなく、霧が晴れていく間に歩くことです。

6. 再建とは、清められるために従うこと(ペテロ第一 1:22-23)

  • 三つ目の柱は清めです。与えられた聖句はペテロ第一 1:22-23です。真理への従順が魂を清め、兄弟姉妹の間に誠実な愛を生み出します。
  • これは、この世のものではない清めです。ろうそくを灯すことや、儀式を重ねること、「十分に聖くなる」まで待つことによって、私たちは清められるのではありません。従うことによって清められるのです。
  • この従順は、共同体の中に具体的な愛を生み出します。完璧な人など誰もいません。私たちの誰一人として完璧ではありません。教会は聖なる人々の博物館ではなく、罪人のための病院です。
  • ある人たちは、完璧になってから仕え始めようと待っています。それは間違いです。ある人たちは、四つの聖書学校を終え、毎朝御霊に満たされるまで待とうとしています。それも間違いです。あなたは今のあなたのままで従い、その従順が歩みの中であなたを清めていくのです。

7. 再建とは、自由の中で遣わされること(使徒 28:21-31)

  • 四つ目の柱は宣教です。聖句は使徒 28:21-31。パウロはローマで、軍によって支払われた家に二年間とどまり、完全な自由の中で、何の妨げもなくユダヤ人にもローマ人にも福音を伝えていました。
  • これはあなたの使命であり、私の使命でもあります。福音を自由の中で告げ知らせることです。身内だけに伝えるのではなく、すべての魂に語りかける普遍的な福音を告げ知らせることです。
  • 主は道を開いてくださいます。あなたが代価を払っていない扉を開いてくださいます。あなたが本来入れないはずの場所に、あなたを置いてくださいます。語るための時と好意を与えてくださいます。
  • あなたは自由になり、その自由をあなたの周りの人々の人生にもたらすことになります。再建とは、主があなたに与えてくださったものを自分の中にとどめておかないことです。御言葉が、あなたの中を通り、あなたを通して出ていくままにすることです。

8. 教訓: 民が道を外れていても、御言葉を携えて下りてくること(出エジプト記32章 / 申命記9章)

  • このメッセージ全体の教訓は、出エジプト記32章と申命記9章に読み取れます。モーセは、神の指で刻まれた石の板を携えて山から下りてきますが、そこで民が金の子牛の周りで踊っているのを見つけます。
  • 御言葉は、山の上で、親密な交わりの中で受け取られましたが、民はそれを、麓で裏切っていました。これは、私たちの時代について何かを語っています。あなたは五カ年に向けたはっきりとした預言的な言葉を受け取りながら、周りにはすでに気を散らされ、すでに道を外れた兄弟姉妹の姿を見ることがあり得るのです。
  • 再建とは、もう一度山の上に戻ることではありません。介入すること、とりなすこと、御言葉が地に落ちるのを拒むことです。モーセは下りてきました。彼は御言葉を自分のためだけにとどめてはおきませんでした。
  • 「再建」の四半期におけるあなたの責任は、あなただけのものではありません。あなたは、あるコミュニティのために受け取った御言葉を携えています。それを持ち帰りなさい。まず神からのものでないものを砕くことになっても、それを兄弟姉妹の手に委ねなさい。

心に留めておきたいポイント

  • この四半期の言葉は「RECONSTRUCTION(再建)」であり、次に来る五カ年の言葉は矛盾の只中での「VICTOIRE(勝利)」です。主は反対がなくなることを約束されてはいません。反対の中であなたを支えることを約束しておられます。
  • このサイクルのための三つの聖句です。ヘブライ 12:3(魂を疲れさせてはならない)、ローマ 13:11(目を覚ましなさい、救いはもっと近づいている)、黙示録 21:16(新しいエルサレムは立方体です。あなたはこれまで見たことのないものを見ることになります)。
  • この一年のための四つの柱です。献身(ルカ17章)、理解(コリント第一13章)、清め(ペテロ第一1章)、宣教(使徒28章)。
  • 献身は、荒野ではなく、日常の散漫の只中で問われます。賢い娘たちのように、いつであっても備えていてください。
  • 理解は部分的です。あなたは今持っているもので歩みます。主が、必要なときに残りを照らしてくださいます。
  • 儀式よりも従順が清めます。従順は、兄弟姉妹の間に誠実な愛を生み出します。教会は博物館ではなく、病院です。
  • あなたの使命は、たとえ家賃を払ったのがあなたでなくても、神があなたを置かれたその場所で、自由の中で告げ知らされる普遍的な福音です。
  • 教訓です。御言葉を山の上にとどめておかないでください。たとえ民がすでに別のものの周りで踊っていても、それを携えて下りてきてください。

個人への適用

  1. 今、あなたの魂はどこで矛盾によって疲れていますか(受け取った言葉、ある関係、あるプロジェクト、繰り返される偽り)。今日、もう自分を正当化することに時間を無駄にせず、再建の工事を再開すると決めたら、あなたは何をしますか。
  2. あなたの人生のどの領域で、あなたはまだ眠っていますか(祈り、御言葉、奉仕、人間関係、経済)。ローマ 13:11が語るように、ついに眠りから目を覚ますために、今週あなたが取れる簡単な行動は何ですか。
  3. 今、主があなたに告げておられることの中で、「こんなの見たことがない、この中でどう歩けばいいのか分からない」と思わせるものは何ですか。完全な計画がなくても、信頼のうちに一歩を踏み出す備えはできていますか。
  4. 気づかないうちに、身の回りの散漫がどこであなたを捕らえていますか(画面、ニュース、買い物、比較、予定の詰め込みすぎ)。今週から、主にお返しする献身の場所は、たとえ短い時間でも、どこになりますか。
  5. 主は、あなたにどんな具体的な従順を待っておられますか(赦し、奉仕への一歩、語るべき言葉、手放すべきもの)。「霊的に整っている」状態を待つのではなく、この従順にあなたを清めさせる備えはできていますか。
  6. あなたの周りの誰が、あなたが小さな身内の輪だけにとどめておくのではなく、受け取った御言葉を携えて山から下りてきてくれることを必要としていますか。今週、へりくだりと愛をもって、その言葉を誰に届けますか。

引用された聖句

よくある質問

周りのすべてが崩れていくように見えるとき、「再建」の年とはどういう意味ですか。

「再建」の四半期は、昔に戻ることではありません。矛盾の只中での勝利という五カ年の準備をする、内なる工事なのです。主は反対がなくなることを約束してはおられません。その只中であなたを再建すると約束しておられます。ヘブライ 12:3は、罪人たちのこのような反抗を忍耐されたイエスをよく考えなさいと招いています。それは、あなたの魂が疲れ果てないためです。あなたの再建は、多くの人が座り込んでしまう場所で、あなたが立ち続けるときに始まります。

散漫があちこちにあるとき、どうすれば献身を保てますか。

ルカ 17:28-37は、食べたり飲んだり、買ったり建てたり、嫁いだりする、ごく普通の世界を描いています。それ自体は悪いことではありません。問題は、身の回りの散漫が麻酔のようになり、主の再臨を見逃してしまうことです。献身とは、人生から逃げることではなく、心が過ぎ去るものに握られるのを拒むことです。神のための時間、支えてくれる仲間、自分を位置づける預言的な言葉を保つことで、あなたは献身するのです。

断食や儀式よりも、従順のほうが人を清めるのはなぜですか。

ペテロ第一 1:22-23は、清めを外的な儀式ではなく、真理への従順に結びつけています。ろうそくを灯したり、祈りを重ねたり、胸を打ったりすれば自分が清められると考える人は多いです。しかし御言葉は、清めるのは従順であり、その清めが兄弟姉妹への誠実な愛を生み出すと語ります。教会は聖人の博物館ではなく、罪人のための病院です。仕えるために完璧である必要はありません。必要なのは従うことです。

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