聖書 — 口語訳 (1955)

マタイによる福音書 21

概要

マタイによる福音書21章は、イエスの最後の週の始まりです。イエスはろばの子に乗ってエルサレムに入り、ダビデの子として歓呼で迎えられ、祈りの家である宮から商人たちを追い出されます。いちじくの木が枯れ、権威についての問いが出されたあと、イエスは三つのたとえを語ります。二人の息子、ぶどう園の農夫、そして捨てられた石が隅のかしら石となること。この章は、簡潔で厳しい問いを投げかけます。来られる方を認めるだろうか。そして、その方に従って実を結ぶだろうか。

この章の5つの区分

  1. 1-11節イエスのエルサレム入城:あなたの王は柔和なおかたとして来られる
  2. 12-17節宮の中のイエス:祈りの家
  3. 18-22節枯れたいちじくの木と、信仰についての教え
  4. 23-32節イエスの権威と、二人の息子のたとえ
  5. 33-46節ぶどう園の農夫のたとえと、隅のかしら石

1さて、彼らがエルサレムに近づき、オリブ山沿いのベテパゲに着いたとき、イエスはふたりの弟子をつかわして言われた、

2「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ろばがつながれていて、子ろばがそばにいるのを見るであろう。それを解いてわたしのところに引いてきなさい。

3もしだれかが、あなたがたに何か言ったなら、主がお入り用なのです、と言いなさい。そう言えば、すぐ渡してくれるであろう」。

4こうしたのは、預言者によって言われたことが、成就するためである。

5すなわち、「シオンの娘に告げよ、見よ、あなたの王がおいでになる、柔和なおかたで、ろばに乗って、くびきを負うろばの子に乗って」。

6弟子たちは出て行って、イエスがお命じになったとおりにし、

7ろばと子ろばとを引いてきた。そしてその上に自分たちの上着をかけると、イエスはそれにお乗りになった。

8群衆のうち多くの者は自分たちの上着を道に敷き、また、ほかの者たちは木の枝を切ってきて道に敷いた。

9そして群衆は、前に行く者も、あとに従う者も、共に叫びつづけた、「ダビデの子に、ホサナ。主の御名によってきたる者に、祝福あれ。いと高き所に、ホサナ」。

10イエスがエルサレムにはいって行かれたとき、町中がこぞって騒ぎ立ち、「これは、いったい、どなただろう」と言った。

11そこで群衆は、「この人はガリラヤのナザレから出た預言者イエスである」と言った。

12それから、イエスは宮にはいられた。そして、宮の庭で売り買いしていた人々をみな追い出し、また両替人の台や、はとを売る者の腰掛をくつがえされた。

13そして彼らに言われた、「『わたしの家は、祈の家ととなえらるべきである』と書いてある。それだのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている」。

14そのとき宮の庭で、盲人や足なえがみもとにきたので、彼らをおいやしになった。

15しかし、祭司長、律法学者たちは、イエスがなされた不思議なわざを見、また宮の庭で「ダビデの子に、ホサナ」と叫んでいる子供たちを見て立腹し、

16イエスに言った、「あの子たちが何を言っているのか、お聞きですか」。イエスは彼らに言われた、「そうだ、聞いている。あなたがたは『幼な子、乳のみ子たちの口にさんびを備えられた』とあるのを読んだことがないのか」。

17それから、イエスは彼らをあとに残し、都を出てベタニヤに行き、そこで夜を過ごされた。

18朝はやく都に帰るとき、イエスは空腹をおぼえられた。

19そして、道のかたわらに一本のいちじくの木があるのを見て、そこに行かれたが、ただ葉のほかは何も見当らなかった。そこでその木にむかって、「今から後いつまでも、おまえには実がならないように」と言われた。すると、いちじくの木はたちまち枯れた。

20弟子たちはこれを見て、驚いて言った、「いちじくがどうして、こうすぐに枯れたのでしょう」。

21イエスは答えて言われた、「よく聞いておくがよい。もしあなたがたが信じて疑わないならば、このいちじくにあったようなことが、できるばかりでなく、この山にむかって、動き出して海の中にはいれと言っても、そのとおりになるであろう。

22また、祈のとき、信じて求めるものは、みな与えられるであろう」。

23イエスが宮にはいられたとき、祭司長たちや民の長老たちが、その教えておられる所にきて言った、「何の権威によって、これらの事をするのですか。だれが、そうする権威を授けたのですか」。

24そこでイエスは彼らに言われた、「わたしも一つだけ尋ねよう。あなたがたがそれに答えてくれたなら、わたしも、何の権威によってこれらの事をするのか、あなたがたに言おう。

25ヨハネのバプテスマはどこからきたのであったか。天からであったか、人からであったか」。すると、彼らは互に論じて言った、「もし天からだと言えば、では、なぜ彼を信じなかったのか、とイエスは言うだろう。

26しかし、もし人からだと言えば、群衆が恐ろしい。人々がみなヨハネを預言者と思っているのだから」。

27そこで彼らは、「わたしたちにはわかりません」と答えた。すると、イエスが言われた、「わたしも何の権威によってこれらの事をするのか、あなたがたに言うまい。

28あなたがたはどう思うか。ある人にふたりの子があったが、兄のところに行って言った、『子よ、きょう、ぶどう園へ行って働いてくれ』。

29すると彼は『おとうさん、参ります』と答えたが、行かなかった。

30また弟のところにきて同じように言った。彼は『いやです』と答えたが、あとから心を変えて、出かけた。

31このふたりのうち、どちらが父の望みどおりにしたのか」。彼らは言った、「あとの者です」。イエスは言われた、「よく聞きなさい。取税人や遊女は、あなたがたより先に神の国にはいる。

32というのは、ヨハネがあなたがたのところにきて、義の道を説いたのに、あなたがたは彼を信じなかった。ところが、取税人や遊女は彼を信じた。あなたがたはそれを見たのに、あとになっても、心をいれ変えて彼を信じようとしなかった。

33もう一つの譬を聞きなさい。ある所に、ひとりの家の主人がいたが、ぶどう園を造り、かきをめぐらし、その中に酒ぶねの穴を掘り、やぐらを立て、それを農夫たちに貸して、旅に出かけた。

34収穫の季節がきたので、その分け前を受け取ろうとして、僕たちを農夫のところへ送った。

35すると、農夫たちは、その僕たちをつかまえて、ひとりを袋だたきにし、ひとりを殺し、もうひとりを石で打ち殺した。

36また別に、前よりも多くの僕たちを送ったが、彼らをも同じようにあしらった。

37しかし、最後に、わたしの子は敬ってくれるだろうと思って、主人はその子を彼らの所につかわした。

38すると農夫たちは、その子を見て互に言った、『あれはあと取りだ。さあ、これを殺して、その財産を手に入れよう』。

39そして彼をつかまえて、ぶどう園の外に引き出して殺した。

40このぶどう園の主人が帰ってきたら、この農夫たちをどうするだろうか」。

41彼らはイエスに言った、「悪人どもを、皆殺しにして、季節ごとに収穫を納めるほかの農夫たちに、そのぶどう園を貸し与えるでしょう」。

42イエスは彼らに言われた、「あなたがたは、聖書でまだ読んだことがないのか、『家造りらの捨てた石が 隅のかしら石になった。これは主がなされたことで、わたしたちの目には不思議に見える』。

43それだから、あなたがたに言うが、神の国はあなたがたから取り上げられて、御国にふさわしい実を結ぶような異邦人に与えられるであろう。

44またその石の上に落ちる者は打ち砕かれ、それがだれかの上に落ちかかるなら、その人はこなみじんにされるであろう」。

45祭司長たちやパリサイ人たちがこの譬を聞いたとき、自分たちのことをさして言っておられることを悟ったので、

46イエスを捕えようとしたが、群衆を恐れた。群衆はイエスを預言者だと思っていたからである。

鍵となる聖句

5節
すなわち、「シオンの娘に告げよ、見よ、あなたの王がおいでになる、柔和なおかたで、ろばに乗って、くびきを負うろばの子に乗って」。

マタイは預言者ゼカリヤを引きます。王は柔和なおかたとして、ろばに乗って来られる。イエスは王として来られますが、この世の流儀の征服者としてではありません。

13節
そして彼らに言われた、「『わたしの家は、祈の家ととなえらるべきである』と書いてある。それだのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている」。

イエスは、宮は祈りの家でなければならないと語られます。利益を得る場所となってしまったことを責め、本来の務めに立ち返るよう呼びかけておられます。

28-31節
あなたがたはどう思うか。ある人にふたりの子があったが、兄のところに行って言った、『子よ、きょう、ぶどう園へ行って働いてくれ』。 すると彼は『おとうさん、参ります』と答えたが、行かなかった。 また弟のところにきて同じように言った。彼は『いやです』と答えたが、あとから心を変えて、出かけた。 このふたりのうち、どちらが父の望みどおりにしたのか」。彼らは言った、「あとの者です」。イエスは言われた、「よく聞きなさい。取税人や遊女は、あなたがたより先に神の国にはいる。

二人の息子のたとえでは、いやだと言いながら、あとで従った者が父の願いを行いました。「はい」と言うだけでは足りません。大切なのは、具体的な従順です。

42節
イエスは彼らに言われた、「あなたがたは、聖書でまだ読んだことがないのか、『家造りらの捨てた石が 隅のかしら石になった。これは主がなされたことで、わたしたちの目には不思議に見える』。

イエスは詩篇118篇を引かれます。「家造りらの捨てた石が 隅のかしら石になった」。初代教会は、そこに、捨てられ、のちに高く上げられるキリストの予告を見ました。

43節
それだから、あなたがたに言うが、神の国はあなたがたから取り上げられて、御国にふさわしい実を結ぶような異邦人に与えられるであろう。

神の国は、その実を結ぶ人々に与えられます。クリスチャンはこの節をさまざまに理解してきましたが、だれもがそこに、神に対して実を結ぶようにとの招きを見ています。

説教が語っていること

マタイによる福音書21章についてよくある質問

なぜイエスはろばに乗ってエルサレムに入られたのですか(マタイによる福音書21章5節)。

マタイはそこに、ゼカリヤ書9章9節の預言の成就を見ています。王は柔和なおかたとして、ろばに乗って来られる。ろばは戦いの動物ではありません。イエスは、平和をもたらす謙遜な王として来られ、群衆が期待したかもしれない軍事的な指導者の姿とは異なっていました。群衆は、イエスをダビデの子として歓呼で迎えます。

なぜイエスは宮から商人たちを追い出されたのですか。

イエスは、売り買いしていた人々が、祈りの家を強盗の巣にしてしまったことをとがめられました。イザヤとエレミヤの言葉を引いて、宮の本来の務めを思い起こさせます。その行いのあと、盲人や足なえが近づいてきて、イエスは彼らをいやされます。それは、この場所の本当の意味、すなわち神との出会いを示しています。

二人の息子のたとえ(マタイによる福音書21章28節から32節)は何を意味しますか。

ひとりの息子はいやだと言ってから従い、もうひとりは行きますと言って行きませんでした。イエスは、どちらが父の願いどおりにしたかと問われます。美しい言葉よりも、実際の従順が大切だと示しておられます。また宗教指導者たちに、最初は拒んだとしても悔い改める者が、彼らより先に神の国に入ると警告されます。

捨てられた石が隅のかしら石となるとは、どういう意味ですか(マタイによる福音書21章42節)。

イエスは詩篇118篇22節を引き、ご自身について語られます。指導者たちに捨てられた方が、神のみわざの土台となるのです。隅のかしら石は、建物全体の向きを定めます。ペテロは使徒行伝でこのたとえを取り上げ、救いはキリストのほかにはないと語りました。

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