聖書 — 口語訳 (1955)

ヨハネによる福音書 8

概要

ヨハネの福音書8章には、宮での対決の場面がいくつも集められています。イエスは姦淫の現場で捕らえられた女を赦し、続いてご自分が世の光であると宣言されます。そして、まことの弟子とは何かを語ります。みことばにとどまり、真理を知り、罪の奴隷から解放される人のことです。反対者との対話は、イエスが父との一体性と、アブラハムより前から存在することを語る場面で緊迫します。章は、イエスを石で打とうとする場面で終わります。

この章の5つの区分

  1. 1-11節姦淫の女:イエスは赦される
  2. 12-20節イエス、世の光
  3. 21-30節自分の罪の中で死ぬか、上から来られた方を信じるか
  4. 31-47節自由にする真理と、アブラハムのまことの子たち
  5. 48-59節アブラハムが生まれる前から、わたしはある

1イエスはオリブ山に行かれた。

2朝早くまた宮にはいられると、人々が皆みもとに集まってきたので、イエスはすわって彼らを教えておられた。

3すると、律法学者たちやパリサイ人たちが、姦淫をしている時につかまえられた女をひっぱってきて、中に立たせた上、イエスに言った、

4「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました。

5モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」。

6彼らがそう言ったのは、イエスをためして、訴える口実を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に何か書いておられた。

7彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。

8そしてまた身をかがめて、地面に物を書きつづけられた。

9これを聞くと、彼らは年寄から始めて、ひとりびとり出て行き、ついに、イエスだけになり、女は中にいたまま残された。

10そこでイエスは身を起して女に言われた、「女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか」。

11女は言った、「主よ、だれもございません」。イエスは言われた、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」。〕

12イエスは、また人々に語ってこう言われた、「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」。

13するとパリサイ人たちがイエスに言った、「あなたは、自分のことをあかししている。あなたのあかしは真実ではない」。

14イエスは彼らに答えて言われた、「たとい、わたしが自分のことをあかししても、わたしのあかしは真実である。それは、わたしがどこからきたのか、また、どこへ行くのかを知っているからである。しかし、あなたがたは、わたしがどこからきて、どこへ行くのかを知らない。

15あなたがたは肉によって人をさばくが、わたしはだれもさばかない。

16しかし、もしわたしがさばくとすれば、わたしのさばきは正しい。なぜなら、わたしはひとりではなく、わたしをつかわされたかたが、わたしと一緒だからである。

17あなたがたの律法には、ふたりによる証言は真実だと、書いてある。

18わたし自身のことをあかしするのは、わたしであるし、わたしをつかわされた父も、わたしのことをあかしして下さるのである」。

19すると、彼らはイエスに言った、「あなたの父はどこにいるのか」。イエスは答えられた、「あなたがたは、わたしをもわたしの父をも知っていない。もし、あなたがたがわたしを知っていたなら、わたしの父をも知っていたであろう」。

20イエスが宮の内で教えていた時、これらの言葉をさいせん箱のそばで語られたのであるが、イエスの時がまだきていなかったので、だれも捕える者がなかった。

21さて、また彼らに言われた、「わたしは去って行く。あなたがたはわたしを捜し求めるであろう。そして自分の罪のうちに死ぬであろう。わたしの行く所には、あなたがたは来ることができない」。

22そこでユダヤ人たちは言った、「わたしの行く所に、あなたがたは来ることができないと、言ったのは、あるいは自殺でもしようとするつもりか」。

23イエスは彼らに言われた、「あなたがたは下から出た者だが、わたしは上からきた者である。あなたがたはこの世の者であるが、わたしはこの世の者ではない。

24だからわたしは、あなたがたは自分の罪のうちに死ぬであろうと、言ったのである。もしわたしがそういう者であることをあなたがたが信じなければ、罪のうちに死ぬことになるからである」。

25そこで彼らはイエスに言った、「あなたは、いったい、どういうかたですか」。イエスは彼らに言われた、「わたしがどういう者であるかは、初めからあなたがたに言っているではないか。

26あなたがたについて、わたしの言うべきこと、さばくべきことが、たくさんある。しかし、わたしをつかわされたかたは真実なかたである。わたしは、そのかたから聞いたままを世にむかって語るのである」。

27彼らは、イエスが父について話しておられたことを悟らなかった。

28そこでイエスは言われた、「あなたがたが人の子を上げてしまった後はじめて、わたしがそういう者であること、また、わたしは自分からは何もせず、ただ父が教えて下さったままを話していたことが、わかってくるであろう。

29わたしをつかわされたかたは、わたしと一緒におられる。わたしは、いつも神のみこころにかなうことをしているから、わたしをひとり置きざりになさることはない」。

30これらのことを語られたところ、多くの人々がイエスを信じた。

31イエスは自分を信じたユダヤ人たちに言われた、「もしわたしの言葉のうちにとどまっておるなら、あなたがたは、ほんとうにわたしの弟子なのである。

32また真理を知るであろう。そして真理は、あなたがたに自由を得させるであろう」。

33そこで、彼らはイエスに言った、「わたしたちはアブラハムの子孫であって、人の奴隷になったことなどは、一度もない。どうして、あなたがたに自由を得させるであろうと、言われるのか」。

34イエスは彼らに答えられた、「よくよくあなたがたに言っておく。すべて罪を犯す者は罪の奴隷である。

35そして、奴隷はいつまでも家にいる者ではない。しかし、子はいつまでもいる。

36だから、もし子があなたがたに自由を得させるならば、あなたがたは、ほんとうに自由な者となるのである。

37わたしは、あなたがたがアブラハムの子孫であることを知っている。それだのに、あなたがたはわたしを殺そうとしている。わたしの言葉が、あなたがたのうちに根をおろしていないからである。

38わたしはわたしの父のもとで見たことを語っているが、あなたがたは自分の父から聞いたことを行っている」。

39彼らはイエスに答えて言った、「わたしたちの父はアブラハムである」。イエスは彼らに言われた、「もしアブラハムの子であるなら、アブラハムのわざをするがよい。

40ところが今、神から聞いた真理をあなたがたに語ってきたこのわたしを、殺そうとしている。そんなことをアブラハムはしなかった。

41あなたがたは、あなたがたの父のわざを行っているのである」。彼らは言った、「わたしたちは、不品行の結果うまれた者ではない。わたしたちにはひとりの父がある。それは神である」。

42イエスは彼らに言われた、「神があなたがたの父であるならば、あなたがたはわたしを愛するはずである。わたしは神から出た者、また神からきている者であるからだ。わたしは自分からきたのではなく、神からつかわされたのである。

43どうしてあなたがたは、わたしの話すことがわからないのか。あなたがたが、わたしの言葉を悟ることができないからである。

44あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって、その父の欲望どおりを行おうと思っている。彼は初めから、人殺しであって、真理に立つ者ではない。彼のうちには真理がないからである。彼が偽りを言うとき、いつも自分の本音をはいているのである。彼は偽り者であり、偽りの父であるからだ。

45しかし、わたしが真理を語っているので、あなたがたはわたしを信じようとしない。

46あなたがたのうち、だれがわたしに罪があると責めうるのか。わたしは真理を語っているのに、なぜあなたがたは、わたしを信じないのか。

47神からきた者は神の言葉に聞き従うが、あなたがたが聞き従わないのは、神からきた者でないからである」。

48ユダヤ人たちはイエスに答えて言った、「あなたはサマリヤ人で、悪霊に取りつかれていると、わたしたちが言うのは、当然ではないか」。

49イエスは答えられた、「わたしは、悪霊に取りつかれているのではなくて、わたしの父を重んじているのだが、あなたがたはわたしを軽んじている。

50わたしは自分の栄光を求めてはいない。それを求めるかたが別にある。そのかたは、またさばくかたである。

51よくよく言っておく。もし人がわたしの言葉を守るならば、その人はいつまでも死を見ることがないであろう」。

52ユダヤ人たちが言った、「あなたが悪霊に取りつかれていることが、今わかった。アブラハムは死に、預言者たちも死んでいる。それだのに、あなたは、わたしの言葉を守る者はいつまでも死を味わうことがないであろうと、言われる。

53あなたは、わたしたちの父アブラハムより偉いのだろうか。彼も死に、預言者たちも死んだではないか。あなたは、いったい、自分をだれと思っているのか」。

54イエスは答えられた、「わたしがもし自分に栄光を帰するなら、わたしの栄光は、むなしいものである。わたしに栄光を与えるかたは、わたしの父であって、あなたがたが自分の神だと言っているのは、そのかたのことである。

55あなたがたはその神を知っていないが、わたしは知っている。もしわたしが神を知らないと言うならば、あなたがたと同じような偽り者であろう。しかし、わたしはそのかたを知り、その御言を守っている。

56あなたがたの父アブラハムは、わたしのこの日を見ようとして楽しんでいた。そしてそれを見て喜んだ」。

57そこでユダヤ人たちはイエスに言った、「あなたはまだ五十にもならないのに、アブラハムを見たのか」。

58イエスは彼らに言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。アブラハムの生れる前からわたしは、いるのである」。

59そこで彼らは石をとって、イエスに投げつけようとした。しかし、イエスは身を隠して、宮から出て行かれた。

鍵となる聖句

11節
女は言った、「主よ、だれもございません」。イエスは言われた、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」。〕

イエスは女を罪に定めず、行って、もう罪を犯さないようにと告げます。赦しが先に来て、それが新しい道を開きます。

12節
イエスは、また人々に語ってこう言われた、「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」。

イエスは自分が世の光だと宣言されます。宮で大きなたいまつがともされる仮庵の祭りの時に語られたこの言葉は、従う者がやみの中を歩まないと約束しています。

32節
また真理を知るであろう。そして真理は、あなたがたに自由を得させるであろう」。

真理はあなたがたを自由にします。この文脈での真理は、単なる考えではなく、イエスのみことばとその人格に結びついています。

36節
だから、もし子があなたがたに自由を得させるならば、あなたがたは、ほんとうに自由な者となるのである。

イエスは奴隷と子を区別されます。真に自由にできるのは御子だけです。キリスト者の自由は、この方から受けるものであり、自分の努力で勝ち取るものではありません。

58節
イエスは彼らに言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。アブラハムの生れる前からわたしは、いるのである」。

イエスは、アブラハムが生まれる前から、わたしはあると言われます。旧約で神がご自分を示された言葉を用いたため、聞いていた人々は激しく怒りました。

この章に登場する人物

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説教が語っていること

ヨハネによる福音書8章についてよくある質問

ヨハネ8:12のわたしは世の光であるとは、どういう意味ですか

イエスはこの言葉を、大きなたいまつがともされる仮庵の祭りの時に、宮で語られました。ご自分がまことの光の源であり、従う人はもうやみの中を歩まず、いのちの光を持つと言われます。イスラエルにとって光は、民を導く神の臨在を思い起こさせるものでした。

真理はあなたがたを自由にするとは、どういう意味ですか

32節でイエスは、ご自分のみことばに結びついた真理について語ります。みことばにとどまる人は真理を知り、その真理が自由にします。イエスは続いて、それが罪の奴隷からの自由であることを明らかにします。ここでいう自由とは決まりがないことではなく、自分を支配するものから解き放たれることです。

なぜヨハネ8章の終わりで人々はイエスを石で打とうとするのですか

イエスは、アブラハムが生まれる前から、わたしはあると言われました。この言葉は、神がモーセに現された名を踏まえています。聞いていた人々は、イエスが自分を神と同等に置いていると理解して石を拾いました。彼らは冒涜だと判断しましたが、キリスト者はそこにイエスが神であるという宣言を見ています。

ヨハネ8章は姦淫の女について何と言っていますか

イエスは罪を容認しているのではありませんが、自分自身も潔白ではない訴える人々による断罪を退けます。そして女を自由にして去らせ、もう罪を犯さないようにと告げます。古い写本の中にはこの箇所を含まないものがあり、聖書によってはそのことが記されていますが、多くのキリスト者はそこにイエスの態度を読み取っています。

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