聖書 — 口語訳 (1955)
出エジプト記 3
概要
出エジプト記3章は、ホレブでのモーセと神との出会いを語ります。モーセは、燃えているのに燃え尽きない柴を見ます。神は彼の名を呼び、エジプトにいる民の苦しみを見たと告げ、彼をパロのもとへ遣わします。モーセはためらいますが、神はともにいると約束し、ご自分の名を明かされます。「わたしは、有って有る者」です。章の終わりでは、パロは抵抗するが神は力強く働かれるという確信とともに、救出が告げられます。
この章の5つの区分
1モーセは妻の父、ミデヤンの祭司エテロの羊の群れを飼っていたが、その群れを荒野の奥に導いて、神の山ホレブにきた。
2ときに主の使は、しばの中の炎のうちに彼に現れた。彼が見ると、しばは火に燃えているのに、そのしばはなくならなかった。
3モーセは言った、「行ってこの大きな見ものを見、なぜしばが燃えてしまわないかを知ろう」。
4主は彼がきて見定めようとするのを見、神はしばの中から彼を呼んで、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼は「ここにいます」と言った。
5神は言われた、「ここに近づいてはいけない。足からくつを脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである」。
6また言われた、「わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」。モーセは神を見ることを恐れたので顔を隠した。
7主はまた言われた、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。
8わたしは下って、彼らをエジプトびとの手から救い出し、これをかの地から導き上って、良い広い地、乳と蜜の流れる地、すなわちカナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとのおる所に至らせようとしている。
9いまイスラエルの人々の叫びがわたしに届いた。わたしはまたエジプトびとが彼らをしえたげる、そのしえたげを見た。
10さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう」。
11モーセは神に言った、「わたしは、いったい何者でしょう。わたしがパロのところへ行って、イスラエルの人々をエジプトから導き出すのでしょうか」。
12神は言われた、「わたしは必ずあなたと共にいる。これが、わたしのあなたをつかわしたしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたがたはこの山で神に仕えるであろう」。
13モーセは神に言った、「わたしがイスラエルの人々のところへ行って、彼らに『あなたがたの先祖の神が、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と言うとき、彼らが『その名はなんというのですか』とわたしに聞くならば、なんと答えましょうか」。
14神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」。また言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい、『「わたしは有る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」。
15神はまたモーセに言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい『あなたがたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主が、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と。これは永遠にわたしの名、これは世々のわたしの呼び名である。
16あなたは行って、イスラエルの長老たちを集めて言いなさい、『あなたがたの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である主は、わたしに現れて言われました、「わたしはあなたがたを顧み、あなたがたがエジプトでされている事を確かに見た。
17それでわたしはあなたがたを、エジプトの悩みから導き出して、カナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとの地、乳と蜜の流れる地へ携え上ろうと決心した」と』。
18彼らはあなたの声に聞き従うであろう。あなたはイスラエルの長老たちと一緒にエジプトの王のところへ行って言いなさい、『ヘブルびとの神、主がわたしたちに現れられました。それで、わたしたちを、三日の道のりほど荒野に行かせて、わたしたちの神、主に犠牲をささげることを許してください』と。
19しかし、エジプトの王は強い手をもって迫らなければ、あなたがたを行かせないのをわたしは知っている。
20それで、わたしは手を伸べて、エジプトのうちに行おうとする、さまざまの不思議をもってエジプトを打とう。その後に彼はあなたがたを去らせるであろう。
21わたしはこの民にエジプトびとの好意を得させる。あなたがたは去るときに、むなし手で去ってはならない。
22女はみな、その隣の女と、家に宿っている女に、銀の飾り、金の飾り、また衣服を求めなさい。そしてこれらを、あなたがたのむすこ、娘に着けさせなさい。このようにエジプトびとのものを奪い取りなさい」。
鍵となる聖句
神は言われた、「ここに近づいてはいけない。足からくつを脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである」。
その場所が聖なる地になるのは、場所そのもののためではなく、神がそこにおられるからです。履物を脱ぐのは、神の聖さの前での敬意を表す行いです。
主はまた言われた、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。
神は、民の痛みを見、聞き、知っておられると語ります。聖書の神は、虐げられた人々の苦しみに無関心ではありません。
モーセは神に言った、「わたしは、いったい何者でしょう。わたしがパロのところへ行って、イスラエルの人々をエジプトから導き出すのでしょうか」。 神は言われた、「わたしは必ずあなたと共にいる。これが、わたしのあなたをつかわしたしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたがたはこの山で神に仕えるであろう」。
自分は何者かというモーセの問いに、神はモーセの資質を語りません。ご自身の臨在をもって答えられます。わたしはあなたとともにいる、と。
神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」。また言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい、『「わたしは有る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」。
神はご自身の名を、わたしは、有って有る者と明かされます。この名は、神が自ら存在される方であり、真実で、ともにいてくださる方であることを表しています。この名は聖書全体を貫き、ヨハネの福音書のイエスの言葉にまで及びます。
この章に登場する人物
説教が語っていること
出エジプト記3章についてよくある質問
出エジプト記3章14節の「わたしは、有って有る者」とはどういう意味ですか
モーセが民に何と告げればよいかと尋ねたとき、神が与えられた名です。この言葉は、神が自ら存在し、いつもともにおられ、約束に真実な方であることを語っています。翻訳者や注解者は、たとえば「わたしはなる者になる」のように、いくつかの訳し方をしますが、中心の意味は変わりません。神はご自分の民とともにおられる方です。
なぜ出エジプト記3章でモーセは履物を脱ぐ必要があったのですか
神は、モーセが立っている場所は聖なる地だと告げられました。履物を脱ぐことは、神の臨在の前での敬意とへりくだりの表れでした。土地そのものが聖いのではなく、そこに現れた聖なる神の臨在が聖いのです。
なぜ柴は燃え尽きないのですか
本文はそれを直接説明していません。聖書で火は神の臨在のしるしです。燃えているのに燃え尽きない柴は、モーセの注意を引き、神が破壊することなく臨在されることを示します。読者は、試練に遭っても滅ぼされない民の姿をそこに見ることもあります。
出エジプト記3章の中心的なメッセージは何ですか
神はご自分の民の苦しみを見ておられ、力の限られた一人の人を召し、ご自身の臨在を約束されます。この召しはモーセの強さではなく、神の真実に基づいており、神はご自分の名によって自らを知らせられます。
出エジプト記 3を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。