申命記8章:神の御言葉を守ることによって真に生きる

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はじめに

「人はパンのみで生きるものではない。」日曜学校でこの聖句を暗唱した方は多いでしょう。日本の福岡アガペ教会のルツ牧師は、申命記8章を取り上げたこのメッセージで、神の命令を守ることによって真に生きる、ということを語りました。

舞台は旅の終わりです。モーセはヨシュアにバトンを渡そうとしています。申命記の中で、モーセは荒野での四十年を振り返ります。主がなさったこと、主が語られたこと、十戒、そして主の律法です。民がそれを守り、実行するために、モーセはこれらを思い起こさせました。

ルツ牧師は、この物語を今日の私たちへの言葉として聞くように求めます。「これは古い話でも、ユダヤ人だけの話でもありません。」あなたのクリスチャン生活こそが、この荒野なのだと牧師は言います。問われているのは、あなたがその荒野でいつまでぐるぐる回り続けるのか、ということです。

メッセージの流れ

1. 十一日の道のりが四十年の荒野に

  • 十二人の斥候がカナンを四十日間探ります。そのうち十人は、「土地は良いが、巨人がいて城壁のある町ばかりで、とても無理だ」と報告して帰ってきます。ヨシュアとカレブだけが「神が共におられるなら、上って行こう」と語りました。
  • 民は十人の言葉に耳を傾け、泣き、神とモーセとアロンにつぶやき、エジプトに帰ろうとします。そこで神は、探った日数の一日を一年として数えられました。
  • 十一日の道のりが、四十年のさまよいになりました。エジプトを出た六十万人の男のうち、約束の地に入ったのはヨシュアとカレブだけで、あとは二十歳未満の人々と荒野で生まれた人々でした。
  • イスラエルは、うなじのこわい民でした。神は、彼らが優れていたから選ばれたのではなく、アブラハム、イサク、ヤコブへの約束を守るために選ばれました。それは私たちにも当てはまります。

2. 「真に生きる」とはどういうことか

  • 教会が読んでいる日本語訳は、申命記8章3節を「神の命令を守ることによって真に生きる」と訳しています。イエスは、四十日の断食の後、サタンに石をパンに変えるよう求められたとき、この聖句を引用されました。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きるものである』と書いてある。」(マタイ4章4節)
  • 牧師は子どものころ、意味もわからずにこの聖句を暗唱していました。のちに、体は食べ物で成長するけれども学ぶことも必要で、それと同じようにクリスチャンも聖書を学び、選択のときにそれを思い出すべきなのだと理解しました。
  • その後、さらに深い意味を発見します。真に生きるとは、御霊によって生きることです。肉によってではなく、自分の考えや感情によってでもなく、神の声を聞くことによって生きるのです。その声が、あなたの思い、感情、決断、そして体を導いていきます。

3. 砕かれた牧師の荒野

  • 学生時代、そして社会人になってからも、神のしもべたちが彼女のために祈り、あなたは神のしもべになると告げました。ある日、彼女はこう聞きます。「この世でのあなたの仕事は終わった。わたしと一緒に来なさい。」彼女は仕事を辞め、アルバイトで生活しながら聖書学校に入りました。
  • 三年あれば準備が整うと思っていました。しかし神は別のことをなさいました。完成した器をハンマーで砕き、粉々にして作り直すようなものでした。
  • この期間は六、七年、実際には七、八年だったと彼女は言います。屈辱、悲しみ、続けて起こる試練、そしてストレスのために一年半以上にわたる治療も受けました。
  • いちばんつらかったのは、神が自分に怒っていると思ったことでした。のちに、神は彼女を憎んでおられたのではなく、彼女の中に隠れた罪を憎み、それを認めて悔い改め、変えられることを望んでおられたのだと悟りました。
  • 彼女は自分が100%従っていると思っていました。今振り返ると、70%だったと思っています。恵みは「一滴ずつ」やってきました。それ以来、毎日神の導きと守りを感じています。召命から十年、牧師按手を受けてからは今年で三年目です。

4. 荒野は人を低くするためにある

  • 申命記8章2節によれば、主はイスラエルを四十年間導かれました。それは彼らを低くし、試み、主の命令を守るかどうかを見るためでした。荒野は人を変えます。
  • 御言葉は鏡です。あなたの中にある、神に逆らうものを映し出します。それが見えること自体がすでに恵みです。そのうえで、心から悔い改め、聖霊の助けを受けながら、その罪を一歩ずつ手放していきます。これが聖化の道です。
  • 不信仰と不従順の背後には、高ぶりがあります。自分の判断、考え、感情を神の御言葉の上に置くことです。「神に従っても意味がない、自分のやり方のほうがいい。」
  • 全員が四十年を必要とするわけではありません。早く入るための秘訣は、神を全面的に信頼し、細かいところまで御言葉を実行することです。「だいたい守っている」では足りません(申命記5章32-33節)。
  • 神にえこひいきはありません。自我が強いほど苦しみは大きく、気づかないまま同じ困難な道に戻り続ける人もいます。牧師は、あなたが一度か二度でその教訓を学べるようにと願っています。

5. 神は懲らしめと守りを同時に与えられる

  • 「この四十年の間、あなたの着物はすり切れず、あなたの足は腫れなかった。」(申命記8章4節)目立たないことのように思えますが、これは非常に大きな恵みです。
  • 荒野では、毎日マナが降り、岩から水が湧き出し、火の柱が夜を暖め、雲が昼の日差しから守ってくれました。
  • 「あなたはまた人がその子を訓練するように、あなたの神、主もあなたを訓練されることを心にとめなければならない。」(申命記8章5節)神も懲らしめるときには痛みを感じておられますが、それは愛のゆえであり、あなたを清い器にするためです。
  • この世は訓練の場です。クリスチャンにも問題はあります。神がそれを許されるのは、あなたをより低くし、信仰を堅くし、従う力を与えるためです。

6. パリサイ人のようにではなく、愛から従う

  • 申命記の約束は条件つきです。「そうすれば」「このようにして」という形をとっています。神は必ず約束を守られますが、あなたは自分の意志で御言葉を選ばなければなりません。
  • パリサイ人は全力で律法を守りましたが、その心は人をさばき、憎み、むさぼっていました。イエスは彼らを「まむしの子らよ」と呼ばれました。
  • 新しい契約の違いは、聖霊が私たちに与えられていることです。イエスは御霊の力によってご自身の働きを成し遂げ、それを弟子たちに約束されました。たとえできなくても一歩を踏み出せば、御霊が一歩ずつ助けてくださいます。
  • 牧師は、ある人から「あなたはパリサイ人だ」と言われたことがあると語ります。彼女は罰を恐れて、自分の努力に神の助けを混ぜながら従っていました。祝福されるため、あるいは天国に行くために従うのは、まだパリサイ人の信仰です。
  • 申命記11章1節は愛を第一に置いています。「あなたはあなたの神、主を愛し、(中略)常に守らなければならない。」愛する方を喜ばせるために従うのです。そして、日々の生活の中で御言葉に従って生きることは、生きた礼拝だと彼女は言います。

7. 豊かさの中で忘れず、祝福を選ぶ

  • すべてが順調で、家も家畜も財産もあるとき、そこに危険がやってきます(申命記8章11-14節)。ダビデは王としての絶頂期に、部下たちが戦場にいる間も休んでいて、バテシバとの罪に陥りました。
  • 神があなたを通してなさったことに誰かが感謝してくれたとき、「どういたしまして」と答えず、栄光を神に帰しましょう。神の恵みを一つひとつ数えてください。そうしなければ、残るのは不平だけです。
  • 「あなたに富を得る力を与えられる者は主だからである」(申命記8章18節)。神が祝福されるのは、先祖たちへの約束を守るためであって、私たちが正しいからでも、良い人間だからでもありません。
  • 申命記11章は、季節ごとの雨と、自分より強い民、巨人たちとさえ神が戦ってくださることを約束しています。牧師にとって、神は病気や問題に立ち向かうあなたの前を進んでくださる方です。
  • 「見よ、わたしは、きょう、祝福とのろいとをあなたがたの前に置く。」(申命記11章26節)偶像とは、ほかの神々だけではありません。感情、考え、メディア、学者、政府など、御言葉の上に置くものすべてが偶像になりえます。
  • 牧師はこの選択を教会の携挙に結びつけます。彼女によれば、神と共に歩み、その声を聞く人だけがラッパの音を聞くことになり、その数は多くありません。彼女は一人ひとりにこう祈るよう勧めます。「主よ、終わりの時に、私も携挙にあずかりたいのです。」もしそれより前に人生が終わるなら、主の前で「良い忠実なしもべよ、よくやった」と聞くことが目標です。

ポイント

  • 真に生きるとは、神の御霊によって生きることです。御言葉があなたの思い、感情、選択を導くのに任せましょう。
  • 荒野は目的のない罰ではありません。神はそれを用いて、あなたを低くし、造り変えられます。
  • 高ぶりとは、自分の判断を御言葉の上に置くことです。それは荒野を長引かせます。
  • 神は父のように懲らしめ、同時に守ってくださいます。道中、あなたの着物はすり切れません。
  • 私たちは、恐れや打算からではなく、神への愛から、聖霊の助けを受けて従います。

個人的な適用

  1. あなたの人生のどの分野で、長い間ぐるぐる回っているように感じていますか。
  2. 神はわかってくださるだろうと思って、「だいたい」しか守っていない聖書の箇所はどこですか。
  3. あなたは実際には、どんな声を御言葉の上に置いていますか。感情、考え、メディアでしょうか。
  4. あなたが今日神に従っているのはなぜですか。恐れからでしょうか、義務からでしょうか、それとも神を愛しているからでしょうか。
  5. 今週、少し時間をとって、あなたの人生における神の恵みを数え、神に栄光を帰しましょう。

引用された聖句

よくある質問

申命記8章の「人はパンのみで生きるものではない」とはどういう意味ですか。

ルツ牧師にとって、これは体に加えて心にも栄養を与える、というだけの意味ではありません。御言葉によって生きるとは、神の御霊に導かれることです。神の声を聞き、その声があなたの思い、感情、決断、そして体を導くのに任せることです。真に生きるとは、御霊によって生きることです。

なぜ神はイスラエルを四十年も荒野で歩かせたのですか。

道のりに必要だったのは十一日だけでした。民の不信仰のために、神は探った日数の一日を一年として数えられました。申命記8章は、この四十年の目的を説明しています。民を低くし、試み、心を尽くして従うことを教えるためです。牧師にとって、私たちの荒野にも同じ目的があります。

パリサイ人の従順と、神が望まれる従順はどう違いますか。

パリサイ人は自分の力で律法を守りましたが、その心は行いに伴っていませんでした。ルツ牧師は、罰を恐れてでも、祝福されるためでもなく、神を愛するがゆえに、毎日聖霊の助けに頼って従うよう呼びかけています。

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