伝道者の書4章:ふたりはひとりにまさる、ひとりで歩まないで

読了時間 11分

はじめに

「私たちはシャボン玉とコンクリートの世界に生きています。」ロンドンのウェストミンスター・チャペル(Westminster Chapel)で語られたこのメッセージは、伝道者の書をたどるシリーズの第6回です。シャボン玉とは、この世の一時的なものを指します。必ずしも良いわけでも悪いわけでもありませんが、いつか固いものに触れると弾けてしまいます。伝道者の書の言葉は「息」「蒸気」を意味するヘベルで、しばしば「空」と訳されます。知恵ある人は、シャボン玉をいつまでも守ろうとはしません。神にしっかりと結びつき、そのすべてを光のもとで見つめながら生きることを学びます。

この日曜日の問いは、このシャボン玉とコンクリートの世界で、共同体や仲間、友情はどこに位置づけられるのか、というものです。その答えは、伝道者の書4章のごく短い一文にあります。「ふたりはひとりにまさる。」語り手にとって、これはコンクリートのように確かな現実です。私たちは互いを必要としています。

それはすでに創世記から始まっています。神は良い世界を造り、さらに「非常に良い」ものとされました。ところが、庭にひとりでいるアダムをご覧になって、こう言われました。「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう。」敬意を込めて言えば、神はここで、ご自身だけでは足りないと認めておられるとも言えます。神は助け手、つまり人の傍らを歩く存在、人間のための共同体を造られました。しかもそれは、アダムとエバが神に背を向ける前のことでした。

メッセージの流れ

1. 仲間とともに旅立つ旅人

  • 伝道者の書4:9-12は、旅に出ようとしている人を描いています。ひとりで行くべきか、誰かと行くべきか。助言ははっきりしています。誰かと一緒に行きなさい、ということです。
  • まず、穴に落ちることがあるからです。語り手は、海辺での学校行事の思い出を語ります。注意事項も安全の説明も聞かず、後ろ向きに歩いていて、穴の中に消えてしまいました。ひとりでは出られず、先生が引き上げに来なければなりませんでした。
  • 次に、天候にいつも備えられているとは限らないからです。テントでの夜はひとりならひどいものだったでしょう。ふたりなら上着を重ねて暖かく過ごせます。語り手は、山で17泊したトレッキングで、テントを分け合えたことをとてもありがたく思ったと振り返ります。
  • 最後に、道中で襲われることがあるからです。誰かがそばにいることは、理にかなっており、賢明なことです。
  • これは子ども向けの小さな話ではありません。「私たちみんなが歩む人生の旅では、ひとりよりも、ほかの人たちと一緒に旅するほうが良いのです。」

2. 三つよりの綱は結婚式のためだけのものではない

  • 「三つよりの綱はたやすく切れない」という言葉は、結婚式でよく読まれます。それも一つの読み方ですが、この箇所の主題はまずそこではありません。計算は単純です。仲間がひとりいるのは良いこと、ふたりならさらに良い、ということです。
  • 聖書は結婚をとても高く見ています。伝道者の書9章は、愛する妻と人生を楽しみなさいと語ります。けれども語り手は、二つの落とし穴について警告します。結婚をだれもが目指すべき究極のものとして偶像にしてしまうこと(キリスト教の文化ではよくあることです)、あるいは、避けるべきひどいものとして悪く言うことです。
  • この箇所が語っているのは広い意味での仲間であり、結婚があらゆる問題の答えだということではありません。
  • 今の時代への一言があります。「あなたのセラピストはあなたの友人ではありません。」助けてくれるセラピストは、良い専門的なサービスです。しかし、その人はあなたを理解するために報酬を受けているのであり、人生の伴走者ではありません。必要なら相談してください。ただ、その人をあなたとともに道を歩む人にはしないことです。

3. 綱は嵐の前に作られる

  • 編まれた綱は、ばらばらの糸よりはるかに丈夫です。では、綱はいつ作るのでしょうか。嵐が来たときの北海のただ中ではありません。綱は前もって、陸の上で作られます。
  • 多くの人は、手遅れになってから助けを求めようとします。ひとりで孤立して暮らし、嵐が襲ってきてから初めて人に頼ります。それも不可能ではありませんが、何年もかけて友情を編んでおくほうがはるかに賢明です。
  • 語り手は、自分を含む3人の男性の小さなグループについて話します。長年、仕事帰りにコーヒーや一杯を楽しみながら「どうでもいいこと」を語り合ってきました。彼自身が危機に見舞われたとき、その仲間たちが命綱になってくれました。綱が時間をかけて編まれていたからです。

4. ひとりぼっちの人:息のような人生

  • その直前の伝道者の書4:7-8は、その反対の姿を描いています。息子も兄弟もいないひとりぼっちの人がいて、その労苦には終わりがなく、目は富に満足することがありません。「いったいだれのために私は労苦し、自分の魂から楽しみを奪っているのか」と彼は言います。これもまた息のようにはかないものです。
  • この人は、だれにも頼らず、ひとりのほうが早く進めると考えていました。しかし最後には、それが愚かさだったとわかります。
  • 語り手はロンドンでそれを目にしています。孤独の多くは、成功への執着、自分だけで足りるという思い、決して助けを求めないこと、だれよりも働くことから生まれます。同僚がたくさんいても、葬儀はとても寂しいものになることがあります。「最も孤独なのは、最も成功している人たちであることがあります。」
  • 箴言も語っています。自分を人から遠ざける者は、自分の願いだけを追い求め、あらゆる健全な判断に腹を立てる、と。
  • あなたの思いがすべて「自分はどうしているか、どこへ向かっているか、自分の次は何か」の周りを回っているなら、あなたはとても孤独になるでしょう。「あの人をどうすれば助けられるだろう」と思いながら床に就くなら、はるかに賢い人生を送れます。
  • 語り手は付け加えます。反対の極端に傾き、いつも他の人のことばかり考える人もいます。それでも、誘いをいつも断る人(「ごめんなさい、忙しくて」)は、いつか誘いが来なくなるのを見ることになります。自分から良いものを遠ざけているのです。

5. イエスは新しい共同体をつくられる

  • 講演もポッドキャストも、みな友情をたたえます。「私はここでメッセージを終えることもできました。そうすれば、それはTEDの講演になっていたでしょう。」本当の問いは別のところにあります。この仲間を教会の中で見つけることに、何か違いがあるのでしょうか。
  • 山上の説教で、イエスは言われます。「あなたがたが、自分を愛してくれる者を愛したからとて、なんの報いがあろうか。そのようなことは取税人でもするではないか。」語り手は、目の前に座っている元取税人のマタイに、イエスがちらりと視線を向ける様子を思い描きます。
  • イエスは、この世にも友情があり、それが尊いものであることをご存じです。しかしイエスは、ソーシャルネットワークを立ち上げるためや、いくつかの友情を修復するために天を離れられたのではありません。新しい創造と新しい共同体を始めるために来られたのです。
  • この世では、共同体は一般に、互いに好意を持つ人や同じものを好む人の間にできます。聖書は、善人のために死ぬ人がいることはまれにある、と述べています。けれどもイエスは、ご自分の敵のために、神に背を向けていた人々のために死なれました。そして彼らを救い、ご自分の友とし、互いに友となる者としてくださいます。

6. イエスに従うことが人間関係を試すとき

  • ルカ14:25-33には驚かされます。父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命さえも憎まない者は、イエスの弟子になることができない、というのです。
  • 語り手は注意を促します。この節は文脈から切り離されると、家族との縁を切らせるカルトの宣伝文句になりかねません。しかしパウロは、信じていない夫を持つ、信仰に入った妻たちに、夫のもとを去らないようにと書いています。聖書は家族をとても大切にしています。
  • けれどもイエスは、家族や友人グループの中で、はいと言うのがたいていひとりだけで、ほかの人たちはいいえと言うことをご存じでした。「あなたにはロンドンに50人の友人がいるかもしれません。しかしだれもイエスに従っておらず、あなたはそうすると決めた変わり者なのです。」
  • 語り手は、胸が詰まる思いのマタイを思い描きます。これまで多くの厄介事から彼を救い出してくれたかもしれない、取税人の仲間たちのことを思っているのです。ペテロはこう言います。「ごらんなさい、わたしたちはいっさいを捨てて、あなたに従ってきました。」
  • そうした友人たちは、あなたの信仰が揺らいだとき、霊的な穴から引き上げてはくれません。熱心さが冷めたときに、イエスを伝え続けるよう励ましてもくれません。悪い者の燃える矢が飛んでくるとき、祈りで支えてもくれません。
  • では、だれが支えるのでしょうか。「あなたの周りを見なさい、マタイ。彼らです。」必ずしも、自分が選んだであろう人たちとは限りません。

7. 良きサマリヤ人と思いがけない隣人

  • ルカ10章では、ひとりの人がエルサレムからエリコへ下る途中、強盗の手に落ちます。伝道者の書の旅人を思わせる場面です。頼りにしていたはずの祭司とレビ人は、道の反対側を通り過ぎていきます。
  • 当時ユダヤ人の敵とみなされていたサマリヤ人が、あわれに思います。彼はその人を穴から引き上げ、傷に包帯をし、宿屋で暖かさと安らぎを確保し、その後の費用まで支払います。
  • 語り手によれば、イエスは弟子たちに備えをさせておられました。イエスがつくる共同体は、思いがけない人々で成り立つのです。政治的に正反対の立場に票を投じる人が、あなたの危機のときに耳を傾けてくれるでしょう。まったく違う人生を歩んできた70歳を超える人が、祈りであなたを支えてくれるでしょう。信仰に入ったばかりの若者が、イエスのことを語るようあなたを促してくれるでしょう。
  • 日曜日にひとりで来て、ひとりで帰る。孤立したキリスト教生活を送る。それは、イエスに従いたいと願う人にとって「信じられないほど愚かなこと」だと語り手は言います。また、多くの人がロンドンの半分を横切って礼拝に来ていることを指摘し、そのために会衆が孤立した信仰に陥りやすくなっていると述べます。
  • 語り手は、教会をよく変える人に、ひとつの共同体に根を下ろすよう勧めます。自分に似た人が多い教会を好むこともあるでしょう。しかし、自分の周りに共同体をつくるのは私たちの役目ではありません。イエスが、ご自身の周りにご自分の共同体をつくられ、私たちはそこに加わるのです。
  • 具体的には、新しく来た人をだれかの隣に座らせる受付チーム、「ほかにすることのない寂しい人のため」ではなく綱を編むための日曜日の食事、市内のライフグループ(ただし、約40%のメンバーはどのグループにもつながっていません)、そして教会員になること。これは「私はここの一員です。これが私の共同体です」と力強く表明する方法です。
  • メッセージは、小グループでの祈りの時間で締めくくられます。土台は次のイエスの約束です。「ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである。」ひとりで祈るときも神はともにおられる、と語り手は強調しますが、ふたりまたは三人が集まるときには、特別な約束があります。

ポイントのまとめ

  • 創世記の初めから、神は人がひとりでいるのは良くないと言われました。他の人を必要とすることは、人生のコンクリートの一部です。
  • 三つよりの綱は嵐の前に編まれます。危機のときにあなたを起き上がらせてくれる友情は、日常のひとときの中で、時間をかけて築かれます。
  • 成功への執着と自己充足は、孤独に至ります。それは息のようにはかない人生です。
  • イエスは友情を修復するだけではありません。新しい共同体をつくられ、そこにはあなたが選ばなかったような人々が集められます。
  • 孤立したキリスト教生活は愚かなことです。あなたを起き上がらせ、温め、祈りで支えてくれる兄弟姉妹が必要です。

個人への適用

  • 今日、あなたの信仰が揺らいだとき、霊的な穴から引き上げてくれるのはだれですか。
  • 嵐の前の今、あなたはどんな友情を編んでいますか。今週、どの日常のひとときをそれに充てられますか。
  • あなたは「ごめんなさい、忙しくて」と答えるのが習慣になっている誘いはありませんか。
  • あなたはひとりで教会に来て、ひとりで帰っていませんか。最初の一歩として何ができますか。食事に残る、グループに加わる、教会員になる、などです。
  • あなたの教会に、あなたとまったく違うけれど、神があなたの傍らに置こうとしておられる人はいませんか。

引用した聖句

よくある質問

伝道者の書4章の「ふたりはひとりにまさる」とはどういう意味ですか。

この箇所は、旅に出る人を描いています。仲間がいれば、穴に落ちても引き上げてもらえ、夜は暖かく過ごせ、襲ってくる者にも立ち向かえます。語り手はここに、人生の旅全体への教えを見ています。ひとりで歩むより、ほかの人たちと歩むほうが賢明だということです。

なぜ嵐の前に三つよりの綱を編む必要があるのですか。

船乗りは、嵐のさなかに綱を作ったりしません。綱は陸の上で、前もって作られます。それと同じように、危機のときにあなたを起き上がらせてくれる友情は、何年もかけて、ともに過ごす日常のひとときの中で編まれていきます。

なぜ友人だけでなく、教会の中で仲間を探すのですか。

イエスに従っていない友人も、多くの困難であなたを助けてくれます。しかし、霊的な穴から引き上げたり、冷めたときに温め直したり、攻撃に対して祈りで支えたりすることはできません。イエスは新しい共同体をつくられ、そこには、あなたが選ばなかったような人々も含まれることがあります。

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