神様には、私たちの祈りに応えてくださるためのプログラムがあります。それは魔法の呪文でもスローガンでもありません。エルサレムの神殿が完成したその夜、主がソロモンに示された、はっきりとした道です。その道はこの一節に凝縮されています。「もし、わたしの名をもって呼ばれるわたしの民が、へりくだり、祈って、わたしの顔を求め、その悪い道から立ち返るならば、わたしは天から聞いて、彼らの罪をゆるし、その地をいやす」(歴代志下7:14)。
この言葉は今も色あせていません。今日も教会、すなわちキリストのからだ、そして神様のすべての子どもたちに向けて語られています。神様はご自分の民に良いものを与えたいと願っておられますが、そこにはひとつの条件があります。約束は本物であり、祈りは確かに聞かれます。しかし民は、神様が求めておられることの中を歩む必要があるのです。
この記事では、神様が祈りを聞いてくださるために示された完全なプログラムを、あなたと一緒にたどっていきます。順を追った五つの段階と、その先にある三重の約束です。ひとつひとつ、じっくりと味わってください。これは、あなたのためのプログラムです。
記事の構成
- 背景:ソロモンが神殿を完成させた時
- 「わたしの民」とは誰のことか
- 第一段階:へりくだる
- 第二段階:祈る
- 第三段階:神様の御顔を求める
- 第四段階:悪い道から立ち返る
- 三重の約束:聞く、赦す、いやす
- 覚えておきたいポイント
- あなた自身への適用
- 引用された聖句
- よくある質問
1. 背景:ソロモンが神殿を完成させた時
歴代志下7章11節から15節は、ある出来事の振り返りから始まります。ソロモンは主の家と自分の宮殿の建築を終え、心に願っていたことをすべて成し遂げました。そのときです、主が夜の間にソロモンに現れ、この言葉を語られたのは。神様はご自分の民と、厳粛な約束を結ぼうとしておられます。
神様がここで語られたことは、決して軽いものではありません。日照り、地を食い尽くすいなご、民の中の疫病について語られています。つまり、これから厳しい季節が訪れることもあるということです。しかし神様は、帰り道を、つまりご自分の民が再び恵みと祈りの答えを取り戻すためのプログラムを、あらかじめ備えておられます。神様が子どもたちのために立てておられる計画は、いつも祝福の計画であって、災いの計画ではないのです。
2. 「わたしの民」とは誰のことか
このプログラムの最初の言葉は「もし」です。そこには条件が伴います。神様はご自分の子どもたちに良いものを与えたいと願っておられますが、彼らがそのみわざに参与する者であることを望んでおられます。この約束は、民が主の示される道に従うときに実現するのです。
では、この民とは誰のことでしょうか。使徒ペテロはこう記しています。「あなたがたは、選ばれた種族、王なる祭司、聖なる国民、神につける民です」(第一ペテロ2:9)。この民とは、主イエス様の教会、小羊の血によって贖われ、闇から神様の驚くべき光へと招き入れられた者たちのことです。
主はまた、この民をご自分の羊の群れとも呼んでおられます。ヨハネ10章27節でイエス様はこう言われます。「わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしについて来ます」。良い羊飼いの声を聞き分け、この世の雑多な声とはっきり区別すること、これはこのプログラムを歩むために欠かせないことです。少年サムエルも、主の声と祭司エリの声を聞き分けることを学ばなければなりませんでした(第一サムエル3:7-10)。今日、あなたのうちに住んでおられる聖霊様が、父なる神様の声を示してくださいます。聖霊様と共に歩むことを学んでいきましょう。
もしあなたがまだこの民の一員でないなら、あなたもそうなることができます。イエス様はこう言われました。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。だれでもわたしを通してでなければ、父のみもとに行くことはできません」(ヨハネ14:6)。主イエス様への信仰と悔い改めによって、私たちは神様の子どもとされます。イエス様を救い主として受け入れ、自分の罪を告白し、心のうちにお迎えしてください。そうすればあなたは、この世の国から神様の国へと移されるのです。
3. 第一段階:へりくだる
このプログラムは、へりくだることから始まります。クリスチャンになったからといって、罪を犯す可能性がなくなるわけではありません。うっかり、あるいは油断から、私たちは倒れてしまうこともあります。そのようなとき、主は私たちを御前に招き、へりくだるようにと呼びかけておられます。
なぜでしょうか。罪は神様との関係を曇らせてしまうからです。イザヤ書はこう力強く語っています。「見よ、主の御手が短くて救えないのではない。その耳が鈍くて聞こえないのでもない。あなたがたの咎が、あなたがたと神との間を隔て、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞こえないようにしているのだ」(イザヤ59:1-2)。
罪は関係を傷つけますが、そこには回復の道が備えられています。ただ神様の御前にへりくだり、自分の罪を告白すればよいのです。イエス様ご自身が、あなたのために父なる神様にとりなしていてくださいます。「もしだれかが罪を犯すなら、私たちには御父の御前で助け主となってくださる方、義なるイエス・キリストがおられます」(第一ヨハネ2:1)。詩篇の作者のように、自分自身を吟味する習慣をつけましょう。「神よ、私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。私のうちに、傷のついた道があるかないかを見て、とこしえの道に導いてください」(詩篇139:23-24)。
4. 第二段階:祈る
へりくだりの次に来るのは祈りです。神様は祈る民を求めておられます。破れ口に立つしもべたちを求めておられます。まずは自分自身のために祈ってください。強められていないクリスチャンは、他の人の重荷を担うことができないからです。それから家族のために、あなたが所属する教会のために、宣教師たちのために、キリストのからだ全体のために、世界中で迫害を受けている兄弟姉妹のために、あなたの国と指導者たちのために祈ってください。
正しい人の祈りは、何の効果もないというものではありません。「義人の祈りは働くと、大きな力があります」(ヤコブ5:16)。私たちと同じような性質を持つ預言者エリヤは、雨が降らないようにと祈り、三年半もの間、雨は降りませんでした。彼が再び祈ると、雨が降りました。ひとりのクリスチャンがひざまずくだけで、状況の流れを変えることができるのです。それなら、祈る民全体には、いったい何ができるでしょうか。
5. 第三段階:神様の御顔を求める
神様の御顔を求めるとは、神様に中心の座を与えることです。脇に置いた場所ではありません。私たちはあまりにも多くの場合、自分だけで計画を立て、その後になって、すでに決めてしまったことを祝福してくださいと神様にお願いしてしまいます。主は、あとで感謝されることではなく、前もって相談されることを願っておられます。
これは物質的なことにも、霊的なことにも当てはまります。仕事、車、家、教会での奉仕にも同じです。前もって神様の承認を得ることは、多くのトラブルを避ける道になります。教会生活についても同じです。もし主があなたをある集会に導かれたなら、そこにはあなたのための何かがあります。受け取ること、そして与えることです。見分けることなく次々と移り歩く霊的な放浪には気をつけましょう。御言葉は、私たちが自分たちの集まりをやめてしまわないようにと勧めています(ヘブル10:25)。
神様の御顔を求めるとは、神様が訪れてくださる時を見分けることでもあります。アブラハムはただ一度訪れを受け、信じ、旅立ちました。そして彼の人生は変わりました。神様が最後にあなたに語りかけられたのはいつでしょうか。あなたはその言葉に対して、何をしましたか。
6. 第四段階:悪い道から立ち返る
へりくだることは良いことです。赦しを求めることも良いことです。しかし、従順を心に決めることは、さらに大切なことです。立ち返るとは、同じ罪に再び陥ることを拒み、神様に断ち切る力を求めることです。
パウロは、立ち返るべき肉の行いのリストを挙げています。「淫らな行い、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興、そのたぐいのものです」(ガラテヤ5:19-21)。このリストがすべてではありませんが、鏡のような役割を果たします。自分自身のチェックリストとして用いてみてください。
反対に、御霊の実を追い求めましょう。「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です」(ガラテヤ5:22-23)。これこそが、聖霊によって証印を押された者の歩みの特徴なのです。
7. 三重の約束:聞く、赦す、いやす
もし民がこのプログラムの各点を実践するなら、神様は三つのことを約束してくださいます。天から聞いてくださること。罪を赦してくださること。地をいやしてくださること。これらの祝福は、今日も変わらず用意されています。それは特別な状況によるのではなく、神様が語られた通りに歩む民の忠実さによるものです。
主は、あなたの祈りに応えたいと願っておられます。あなたがここ数年抱えている状況の中に、勝利をもたらしたいと願っておられます。あなたを赦し、立ち上がらせ、罪責感の重荷を取り除きたいと願っておられます。あなたを、あなたの家族を、あなたの地域社会をいやしたいと願っておられます。あとは、あなた自身がその部分を果たすだけです。
覚えておきたいポイント
- 歴代志下7:14の祈りの答えの約束は条件つきです。神様が示された道を歩む神様の民に向けられています。
- 民の歩みは四つの動詞で構成されています:へりくだる、祈る、神様の御顔を求める、悪い道から立ち返る。
- その先には三つの約束があります。神様が天から聞き、罪を赦し、地をいやしてくださることです。
- 告白されていない罪は神様の御顔を隠し、祈りの答えを妨げます(イザヤ59:1-2)。
- 正しい人の熱心な祈りは、昔も今も大きな力を持っています(ヤコブ5:16)。
あなた自身への適用
- あなたは、主イエス様への個人的な信仰によって、神様の民の一員となっていますか。
- 今日、告白すべきなのに、まだ見過ごしている罪はありませんか。
- 祈りは、あなた自身、あなたの家族、あなたの教会のために、実際に一週間の中でどのくらいの場所を占めていますか。
- あなたは決断をする前に神様の御顔を求めていますか。それとも、決めた後で承認してもらおうとするだけですか。
- ガラテヤ5:19-21にある肉の行いのうち、今週具体的に手放すべきものは何ですか。
引用された聖句
- 歴代志下 7:11-15
- 第一ペテロ 2:9
- ヨハネ 10:27
- 第一サムエル 3:7-10
- ヨハネ 14:6
- イザヤ 59:1-2
- 第一ヨハネ 2:1
- 詩篇 139:23-24
- ヤコブ 5:16
- マタイ 5:13-14
- ガラテヤ 5:19-23
- ヘブル 10:25
よくある質問
歴代志下7:14の約束は今日も当てはまりますか。
はい、当てはまります。この言葉は当時、ソロモンに語られたものですが、今日も神様の民、すなわちキリストのからだである教会に向けて語られ続けています。これは過去の言葉ではありません。ここには変わらない原則が示されています。神様は、へりくだり、祈り、御顔を求め、悪から立ち返る民の祈りを聞き、罪を赦し、いやしてくださるということです。
「神様の御顔を求める」とは、具体的にどういうことですか。
それは、人生の決断において神様に中心の座を与えることであり、すでに決めてしまった選択を祝福してくださいとお願いするだけではありません。仕事、奉仕、購入など、何かを始める前に、祈りの中で神様に相談し、御言葉と御霊の声に耳を傾けることを意味します。
なぜこの約束には条件がついているのですか。
それは、神様がご自分の民との間に、生きた関係を求めておられるからです。単なる自動的な宗教ではありません。歴代志下7:14の「もし」は、神様の恵みを妨げる壁ではなく、その恵みが、共に歩もうとする心と出会うための道なのです。告白されていない罪は御顔を隠しますが、へりくだりと悔い改めは、祈りの答えへの扉を開いてくれます。
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