聖書 — 口語訳 (1955)
テサロニケ人への第一の手紙 1
概要
テサロニケ人への第一の手紙1章で、パウロ、シルワノ、テモテは、苦難の中で生まれた若い群れであるテサロニケの教会のために神に感謝します。彼らは、働く信仰、労苦する愛、忍耐する望みを思い起こします。福音は力と御霊によって届き、テサロニケの人々は喜んでそれを受け入れました。彼らの模範はその地方全体に広がりました。偶像を捨てて生ける神に仕え、天から来られる御子を待ち望むようになったのです。
この章の4つの区分
1パウロとシルワノとテモテから、父なる神と主イエス・キリストとにあるテサロニケ人たちの教会へ。恵みと平安とが、あなたがたにあるように。
2わたしたちは祈の時にあなたがたを覚え、あなたがた一同のことを、いつも神に感謝し、
3あなたがたの信仰の働きと、愛の労苦と、わたしたちの主イエス・キリストに対する望みの忍耐とを、わたしたちの父なる神のみまえに、絶えず思い起している。
4神に愛されている兄弟たちよ。わたしたちは、あなたがたが神に選ばれていることを知っている。
5なぜなら、わたしたちの福音があなたがたに伝えられたとき、それは言葉だけによらず、力と聖霊と強い確信とによったからである。わたしたちが、あなたがたの間で、みんなのためにどんなことをしたか、あなたがたの知っているとおりである。
6そしてあなたがたは、多くの患難の中で、聖霊による喜びをもって御言を受けいれ、わたしたちと主とにならう者となり、
7こうして、マケドニヤとアカヤとにいる信者全体の模範になった。
8すなわち、主の言葉はあなたがたから出て、ただマケドニヤとアカヤとに響きわたっているばかりではなく、至るところで、神に対するあなたがたの信仰のことが言いひろめられたので、これについては何も述べる必要はないほどである。
9わたしたちが、どんなにしてあなたがたの所にはいって行ったか、また、あなたがたが、どんなにして偶像を捨てて神に立ち帰り、生けるまことの神に仕えるようになり、
10そして、死人の中からよみがえった神の御子、すなわち、わたしたちをきたるべき怒りから救い出して下さるイエスが、天から下ってこられるのを待つようになったかを、彼ら自身が言いひろめているのである。
鍵となる聖句
あなたがたの信仰の働きと、愛の労苦と、わたしたちの主イエス・キリストに対する望みの忍耐とを、わたしたちの父なる神のみまえに、絶えず思い起している。
パウロは、生きたキリスト者の生活の三つのしるしを挙げます。「信仰の働き」「愛の労苦」「望みの忍耐」です。そのどれもが、イエス・キリストに向けられています。
なぜなら、わたしたちの福音があなたがたに伝えられたとき、それは言葉だけによらず、力と聖霊と強い確信とによったからである。わたしたちが、あなたがたの間で、みんなのためにどんなことをしたか、あなたがたの知っているとおりである。
福音は言葉だけでなく、「力と聖霊と強い確信」とともに届きました。語られた言葉には、神の働きが伴っています。
わたしたちが、どんなにしてあなたがたの所にはいって行ったか、また、あなたがたが、どんなにして偶像を捨てて神に立ち帰り、生けるまことの神に仕えるようになり、
パウロは回心を二つの動きで描きます。偶像から離れること、そして「生けるまことの神」に仕えることです。回心とは、考え方が変わるだけでなく、主人が変わることです。
そして、死人の中からよみがえった神の御子、すなわち、わたしたちをきたるべき怒りから救い出して下さるイエスが、天から下ってこられるのを待つようになったかを、彼ら自身が言いひろめているのである。
イエスの再臨を待ち望むことは、初めからキリスト教信仰の一部でした。それは復活と、来たるべき怒りからの救いに基づいています。
このテーマで祈る
説教が語っていること
テサロニケ人への第一の手紙1章についてよくある質問
テサロニケ人への第一の手紙1章9節と10節は何を意味しますか。
この箇所は、テサロニケの人々の回心を要約しています。彼らは偶像から離れ、生けるまことの神に仕え、死人の中からよみがえった御子が、来たるべき怒りから救い出してくださることを、天から待ち望んでいます。キリスト教信仰は、こうして、手放すこと、仕えること、そしてイエスの再臨に向けた望みを併せ持っています。
3節の信仰・愛・望みとは何ですか。
パウロは、彼らの「信仰の働き」「愛の労苦」「望みの忍耐」を思い起こします。キリスト者の生活は受け身ではなく、信仰は働き、愛は骨を折り、望みは耐え抜くのだと示しています。この三つは、パウロの他の手紙にも再び現れます。
テサロニケの人々が選ばれたとは、どういう意味ですか。
4節でパウロは、彼らが選ばれたこと、つまり神に選ばれたことを知っていると述べます。キリスト教の伝統によって、特に人間の自由の役割をめぐり、この選びの理解は異なります。この箇所はまず、信者たちが愛されている者であるという、神の愛を強調しています。
テサロニケ人への第一の手紙 1を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。