聖書 — 口語訳 (1955)

ルカによる福音書 19

概要

ルカによる福音書19章は、エルサレムに近づく中での四つの場面をつなぎます。エリコで、イエスは取税人のかしらザアカイの家に泊まり、ザアカイの生き方は変わります。続いてミナのたとえを語り、子ろばに乗ってエルサレムに入られ、弟子たちに歓呼されますが、神の訪れを知らない都のために涙を流されます。最後に、神殿から商人を追い出されます。この章は、イエスの使命を要約しています。失われたものを捜して救うことです。

この章の5つの区分

  1. 1-10節ザアカイ:イエスは失われたものを捜して救う
  2. 11-27節ミナのたとえ:王の帰りを待ちながら仕える
  3. 28-40節子ろばに乗ってのエルサレム入城
  4. 41-44節イエスはエルサレムのために泣かれる
  5. 45-48節宮きよめ

1さて、イエスはエリコにはいって、その町をお通りになった。

2ところが、そこにザアカイという名の人がいた。この人は取税人のかしらで、金持であった。

3彼は、イエスがどんな人か見たいと思っていたが、背が低かったので、群衆にさえぎられて見ることができなかった。

4それでイエスを見るために、前の方に走って行って、いちじく桑の木に登った。そこを通られるところだったからである。

5イエスは、その場所にこられたとき、上を見あげて言われた、「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」。

6そこでザアカイは急いでおりてきて、よろこんでイエスを迎え入れた。

7人々はみな、これを見てつぶやき、「彼は罪人の家にはいって客となった」と言った。

8ザアカイは立って主に言った、「主よ、わたしは誓って自分の財産の半分を貧民に施します。また、もしだれかから不正な取立てをしていましたら、それを四倍にして返します」。

9イエスは彼に言われた、「きょう、救がこの家にきた。この人もアブラハムの子なのだから。

10人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである」。

11人々がこれらの言葉を聞いているときに、イエスはなお一つの譬をお話しになった。それはエルサレムに近づいてこられたし、また人々が神の国はたちまち現れると思っていたためである。

12それで言われた、「ある身分の高い人が、王位を受けて帰ってくるために遠い所へ旅立つことになった。

13そこで十人の僕を呼び十ミナを渡して言った、『わたしが帰って来るまで、これで商売をしなさい』。

14ところが、本国の住民は彼を憎んでいたので、あとから使者をおくって、『この人が王になるのをわれわれは望んでいない』と言わせた。

15さて、彼が王位を受けて帰ってきたとき、だれがどんなもうけをしたかを知ろうとして、金を渡しておいた僕たちを呼んでこさせた。

16最初の者が進み出て言った、『ご主人様、あなたの一ミナで十ミナをもうけました』。

17主人は言った、『よい僕よ、うまくやった。あなたは小さい事に忠実であったから、十の町を支配させる』。

18次の者がきて言った、『ご主人様、あなたの一ミナで五ミナをつくりました』。

19そこでこの者にも、『では、あなたは五つの町のかしらになれ』と言った。

20それから、もうひとりの者がきて言った、『ご主人様、さあ、ここにあなたの一ミナがあります。わたしはそれをふくさに包んで、しまっておきました。

21あなたはきびしい方で、おあずけにならなかったものを取りたて、おまきにならなかったものを刈る人なので、おそろしかったのです』。

22彼に言った、『悪い僕よ、わたしはあなたの言ったその言葉であなたをさばこう。わたしがきびしくて、あずけなかったものを取りたて、まかなかったものを刈る人間だと、知っているのか。

23では、なぜわたしの金を銀行に入れなかったのか。そうすれば、わたしが帰ってきたとき、その金を利子と一緒に引き出したであろうに』。

24そして、そばに立っていた人々に、『その一ミナを彼から取り上げて、十ミナを持っている者に与えなさい』と言った。

25彼らは言った、『ご主人様、あの人は既に十ミナを持っています』。

26『あなたがたに言うが、おおよそ持っている人には、なお与えられ、持っていない人からは、持っているものまでも取り上げられるであろう。

27しかしわたしが王になることを好まなかったあの敵どもを、ここにひっぱってきて、わたしの前で打ち殺せ』」。

28イエスはこれらのことを言ったのち、先頭に立ち、エルサレムへ上って行かれた。

29そしてオリブという山に沿ったベテパゲとベタニヤに近づかれたとき、ふたりの弟子をつかわして言われた、

30「向こうの村へ行きなさい。そこにはいったら、まだだれも乗ったことのないろばの子がつないであるのを見るであろう。それを解いて、引いてきなさい。

31もしだれかが『なぜ解くのか』と問うたら、『主がお入り用なのです』と、そう言いなさい」。

32そこで、つかわされた者たちが行って見ると、果して、言われたとおりであった。

33彼らが、そのろばの子を解いていると、その持ち主たちが、「なぜろばの子を解くのか」と言ったので、

34「主がお入り用なのです」と答えた。

35そしてそれをイエスのところに引いてきて、その子ろばの上に自分たちの上着をかけてイエスをお乗せした。

36そして進んで行かれると、人々は自分たちの上着を道に敷いた。

37いよいよオリブ山の下り道あたりに近づかれると、大ぜいの弟子たちはみな喜んで、彼らが見たすべての力あるみわざについて、声高らかに神をさんびして言いはじめた、

38「主の御名によってきたる王に、祝福あれ。天には平和、いと高きところには栄光あれ」。

39ところが、群衆の中にいたあるパリサイ人たちがイエスに言った、「先生、あなたの弟子たちをおしかり下さい」。

40答えて言われた、「あなたがたに言うが、もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶであろう」。

41いよいよ都の近くにきて、それが見えたとき、そのために泣いて言われた、

42「もしおまえも、この日に、平和をもたらす道を知ってさえいたら………しかし、それは今おまえの目に隠されている。

43いつかは、敵が周囲に塁を築き、おまえを取りかこんで、四方から押し迫り、

44おまえとその内にいる子らとを地に打ち倒し、城内の一つの石も他の石の上に残して置かない日が来るであろう。それは、おまえが神のおとずれの時を知らないでいたからである」。

45それから宮にはいり、商売人たちを追い出しはじめて、

46彼らに言われた、「『わが家は祈の家であるべきだ』と書いてあるのに、あなたがたはそれを盗賊の巣にしてしまった」。

47イエスは毎日、宮で教えておられた。祭司長、律法学者また民衆の重立った者たちはイエスを殺そうと思っていたが、

48民衆がみな熱心にイエスに耳を傾けていたので、手のくだしようがなかった。

鍵となる聖句

5節
イエスは、その場所にこられたとき、上を見あげて言われた、「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」。

イエスは目を上げ、説教もなしに、ザアカイを名前で呼ばれます。主導権はイエスにあります。みなが避けている人の家に、泊まりたいと願われます。

8節
ザアカイは立って主に言った、「主よ、わたしは誓って自分の財産の半分を貧民に施します。また、もしだれかから不正な取立てをしていましたら、それを四倍にして返します」。

ザアカイの応答は具体的です。財産の半分を貧しい人に施し、だまし取った人には四倍にして返します。本文はそれを、出会いの実りとして示し、受け入れられる条件としては示していません。

10節
人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである」。

この節は、ルカの福音を要約しています。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのです。だれも、捜されるには遠すぎるということはありません。

13節
そこで十人の僕を呼び十ミナを渡して言った、『わたしが帰って来るまで、これで商売をしなさい』。

主人は、しもべたち一人ひとりに一ミナを預け、一つの指示を与えます。わたしが帰って来るまで、これで商売をしなさい。このたとえが語るのは、待つ間の忠実さであり、金持ちになる秘訣ではありません。

41-42節
いよいよ都の近くにきて、それが見えたとき、そのために泣いて言われた、 「もしおまえも、この日に、平和をもたらす道を知ってさえいたら………しかし、それは今おまえの目に隠されている。

群衆が歓呼しているとき、イエスは泣かれます。都が、平和をもたらすものを知らないことを見ておられ、その悲しみは、都への愛を表しています。

この章に登場する人物

説教が語っていること

誰もがイエスを必要としているロイック・リシャール牧師は、ルカ19章1節から10節を読み直し、どんな状態にあっても、私たちはみなイエスを必要としていると語ります。ザアカイはすべてを持っていましたが、肝心なものだけがありませんでした。彼の人生を変えたのは、家に来られたイエスの訪れでした。要約を読む →教会に行かない人のための教会:ザアカイとイエスのまなざしジェレミー・メイエールは、ボンヘッファーのことば、教会は他者のためにだけ存在する、から出発します。取税人のかしらザアカイとの出会いを、社会が退ける人々のもとへ向かう眼差しの模範として読みます。要約を読む →人々が賛美する中でイエスは泣いたこのメッセージは、ルカ19章28節から44節を一つの場面として読みます。群衆が歌っている間、イエスは都のために泣かれます。私たちがたたえているのは本当のイエスなのか、それとも自分が待ち望んだ王なのかと問いかけます。要約を読む →ホサナ:しかし、あなたはどの王を称えているのかトグベ・ナンガイは、王の本質についての誤解を語ります。万事うまくいくときにはホサナと叫びますが、その助けが想像と違うと、人は離れていきます。要約を読む →バプテスマのヨハネが答える――あなたの悔い改めはどんな実を結んでいますか悔い改めの実について語る中で、説教者はザアカイに触れます。財産の半分を与え、四倍にして返すという約束は、行いによって確かめられる回心を示しています。要約を読む →

ルカによる福音書19章についてよくある質問

ルカによる福音書19章のザアカイの物語はどんな話ですか

取税人のかしらで大金持ちのザアカイは、イエスを見たいと思いますが背が低いので、いちじく桑の木に登ります。イエスは彼を呼び、その家に泊まられ、人々はつぶやきます。ザアカイは貧しい人に施し、過ちをつぐなうと約束し、イエスは、救いがこの家に来たと宣言されます。

ルカによる福音書19章のミナのたとえは何を意味していますか

身分の高い人が、王位を受けに行く前に、十人のしもべに資金を預けます。帰ってから、その忠実さを調べます。恐れから一ミナを地にうめたしもべは、とがめられます。クリスチャンはここに、キリストの再臨を待ちながら忠実に仕えるようにとの呼びかけを見ます。

なぜイエスはルカによる福音書19章41節でエルサレムのために泣かれたのですか

イエスが泣かれたのは、都が神の訪れる時を知らず、平和をもたらすものを知らないからです。さらに、やがて来る災いも告げておられます。その涙は、ご自分を拒む人々に対してさえ注がれる憐れみを示しています。

ルカによる福音書19章の中心メッセージは何ですか

イエスは、ザアカイをはじめ、失われた人を捜しに来られ、弟子たちに、再び来られる日まで忠実であるよう呼びかけておられます。この章は、こうあってほしいと思う方としてではなく、子ろばに乗る柔和な王として、ありのままのイエスを迎えるよう招いています。

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