コリント人への第一の手紙6章:不品行を避けなさい、性は霊的なもの

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はじめに

「教会にタブーがあってはなりません。」新学期が始まってからお金について語ってきた、ニース・アリアーヌ神の集会(Assemblée de Dieu de Nice Ariane)の牧師Samuel Mabbouxは、説教壇ではめったに聞かれないテーマ、すなわち性について取り上げます。メッセージの題は、ギリシア語のひとこと「ポルネイア」に尽きます。聖書では「不品行」と訳される言葉で、神が与えてくださった枠組みの外で営まれるあらゆる性のあり方を指します。

牧師は、性のことが一度も話題にされない家庭で育ったと語ります。動物のドキュメンタリーを見ていてもチャンネルを替え、家の中には気まずさが広がったそうです。性について教えてくれたのは学校でしたが、学校は聖書と同じことを語ってはいません。今日の子どもたちは親よりも「はるかにネットにつながって」います。もはやペアレンタルコントロールだけでは足りず、子どもに責任を持たせ、きちんと話し合う必要があります。

「今朝、ひとつだけ覚えて帰るとしたら、性は霊的なものだということです。」メッセージ全体は、この確信から出ています。性は神からの賜物であり、枠組みによって守られています。そして不品行から逃げることは、体だけでなく心の問題でもあるのです。

メッセージの流れ

1. 性は肉体的であると同時に霊的である

  • 神は、子どもを「キャベツの中から、あるいはコウノトリに運ばせて」生まれさせることもできたはずです。しかし神は、性を、その枠組みの中でお選びになりました。神は秩序の神です。
  • 創世記2章24節には、人は父母を離れて妻と結び合い、二人は一体となる、とあります。肉体的な面と霊的な面を切り離すことはできません。
  • 性の交わりは、愛し合う男女の結びつきに封をするものです。牧師によれば、旧約聖書では、その結びつき自体が結婚を成立させていました。
  • ポルネイアには、姦淫、淫行(結婚外の関係)、同性愛、近親者との関係が含まれます。「私の意見も、皆さんの意見も重要ではありません。大切なのは、聖書が何と言っているかです。」
  • 枠組みは、あなたを不自由にするためのものではありません。「神は、あなたを守るために枠組みを置かれます。」感情の面でも、体の面でも、霊の面でも、神が備えてくださったものの中であなたが豊かに生きられるようにするためです。

2. あなたの体は聖霊の宮である

  • コリント人への第一の手紙6章15〜20節。「あなたがたのからだはキリストの肢体であることを、知らないのか。」遊女につく者はその女と一つのからだになりますが、主につく者は主と一つの霊になります。
  • 一つの肉となるのですから、霊的な影響が移ることがあり得ます。牧師は、過去の関係に縛られている多くの人との面談の中で、それを見てきたと語っています。
  • 「人の犯すすべての罪は、からだの外にある。しかし不品行を犯す者は、自分のからだに対して罪を犯すのである。」小さな罪というものはありませんが、パウロは、自分自身の体に対して犯される性の罪を特に重く見ています。
  • 「口先や、賛美や、手や、献金だけでなく、あなたの体をもって神をあがめなさい。」だれにも見られていないときも同じです。「人をだますのは簡単ですが、神をだますことはできません。」
  • この分野で戦っているなら、ひとりで抱え込まないでください。兄弟は兄弟と、姉妹は姉妹と一緒に、あるいは牧師との面談を受けましょう。

3. 抵抗するよりも逃げる

  • パウロは「避けなさい」と言います。そこには切迫感と徹底した姿勢があります。パウロはテモテにこう書いています。「若い時の情欲を避け」なさい(テモテへの第二の手紙2章22節)。これは若者だけの問題ではありません。
  • 「神は、あなたがどこまで耐えられるか試すために、誘惑を目の前に置くようには求めておられません。」逃げるとは、無用な戦いを避けることです。
  • 牧師は自分の体験を語ります。スマートフォンからあるものを取り除いた日から、戦いはずっと軽くなりました。以前見ていた映画やドラマの中には、つまずきの原因になる場面があったそうです。
  • ヨセフは、ポテパルの妻と駆け引きをしませんでした。神に対して罪を犯さないために、上着を残して逃げたのです(創世記39章)。
  • 神の心にかなう人ダビデは、屋上からバテシバを見ました。最初に目にしたことは彼の責任ではありませんでしたが、二度目に見つめ、そして彼女を召し入れました(サムエル記下11章)。「自分は大丈夫だと思うのは高ぶりです。」立っていると思う者は、倒れないように気をつけるがよい、と聖書は言います(コリント人への第一の手紙10章12節)。

4. 私たちが過小評価している結果

  • 性の罪は依存症のように働きます。あなたを支配し、人生の主導権を奪っていきます。
  • ローマ人への手紙1章26〜27節は「恥ずべき情欲」について語っています。牧師によれば、抑えのきかない性は知性を狂わせ(ローマ人への手紙1章28節)、異性を見る目をゆがめます。
  • 牧師は、ある友人グループの話を挙げます。それぞれの話をつなぎ合わせたとき、「結局、みんながみんなと関係を持っているのか」と思ったそうです。そして今の世の中で起きているのは、まさにそのことです。パーティーで出会った相手の名前さえ知らない人もいます。
  • ソドムとゴモラは滅ぼされました(創世記19章)。「私の神は愛の神ですが、義の神でもあります。」放縦は、いつも新たな放縦を生みます。
  • 「主なしの自分がどうなるのか、私は怖いのです。」だからこそ牧師は、用心のために、神が与えてくださった枠組みを自分に課していると言います。非の打ちどころがないと思われていた人でも倒れることがあると、いくつもの不祥事が示してきました。
  • 多くの人は、愛の欠乏を性で埋めようとします。愛と、ほんの束の間の快楽とを取り違えてしまうのです。

5. 心と視線と身なり

  • マタイによる福音書5章27〜28節。「だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫をしたのである。」イエスは基準を引き上げられました。「主よ、助けに来てください。そうでなければ、私たちにはできません。」
  • 牧師は姉妹たちにも語りかけます。夫以外の人に気に入られようとしたり、肉的なやり方で人を惹きつけようとしたりすることは、関係がなくてもすでに不品行です。
  • 人のつまずきにならないよう、身なりについても「慎み深く」あってください。「麻袋のような服」を着るという意味ではありません。美しく品よく装うことには、何の問題もありません。問われているのは、「あなたはだれに気に入られたいのか」ということです。これは兄弟たちにも当てはまります。
  • 雅歌2章7節。「愛のおのずから起るときまでは、ことさらに愛をよび起し、また、さますことをしてはならない。」結婚には至らないとわかっている相手との間では、なおさらです。
  • 足を滑らせかねない状況から自分を守ってください。二人きりで部屋にいるよりも、緑の遊歩道(クーレ・ヴェルト)を散歩するほうがよいと牧師は勧めます。「それだけでもずっと危険は少なくなります。」牧師は、涙を流しながら執務室を訪れる多くの人たちや、傷ついた関係を数多く見てきたと語っています。

6. 結婚という聖なる枠組み

  • 「その人があなたの生涯の人なら、結婚しなさい。」パウロはこう書いています。「情熱に燃えるよりは、結婚する方がよい」(コリント人への第一の手紙7章9節)。盛大な式を待って長く待つより、神の前で整えられた小さな結婚のほうがよいのです。
  • 霊的に調和し、主に仕えるという同じビジョンを持ってください。牧師のご両親は「霊的に息が合っていた」と言います。三番目の息子を神におささげすると約束し、それで彼をサミュエルと名づけたのだそうです。
  • ヤコブはラケルと結婚するつもりでしたが、気がつくとレアと結ばれていました(創世記29章)。結ばれた後は、契約は成立していたのです。
  • フランスでは、役所を出た時点で神の前でも結婚したことになります。権威に従うからです。教会はその後、夫婦を祝福します。民事上の結婚をせずに同棲することは罪のうちに生きることであり、結婚外の関係は淫行と呼ばれます。
  • マルコによる福音書10章6〜9節。「だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない。」牧師は、マタイによる福音書19章9節によれば離婚の唯一の理由は不貞、すなわちポルネイアであり、配偶者の死もまた結婚の絆から解き放つと述べています。
  • 配偶者を愛せなくなったでしょうか。「そのために祈ってください。ひざまずいて、主の恵みを求めなさい。」牧師のご両親は言い争い、一緒に祈り、一緒に泣き、今も共に歩んでいます。神は愛を新しくしてくださいます。
  • ヘブル人への手紙13章4節とコリント人への第一の手紙7章3〜5節。結婚の寝床はけがれのないものでなければならず、夫婦は互いに相手のものです。結婚の中での性は「美しく、貴いもの」であり、結婚した相手、人生を共に歩む相手にだけ捧げるものです。

7. 神は回復し、聖めてくださる

  • 18歳でも20歳でも30歳でも、純潔を守ってきた人たちへ。「神からの祝福がありますように。」純潔を守ることは「時代遅れ」ではありません。神はそれを尊んでくださいます。
  • 過去のある人たちへ。主は回復させ、いやし、きよめ、過去の契約を断ち切り、霊的な純潔を取り戻してくださいます。神は私たちの罪を海の深みに投げ込まれます(ミカ書7章19節)。牧師は、元遊女だった女性たちを含め、信仰に入り、今は結婚して家庭に囲まれている女性たちの例を挙げています。
  • 教会にいながら不品行のうちに生きている人たちへ。「火遊びをしてはいけません。」牧師自身も、回心したとき、自分が不品行のうちにいることを一人の牧師に打ち明けました。その牧師が祈ってくれて、主はその鎖を断ち切ってくださいました。
  • 牧師は、十代のキャンプで、おそらく10人中8人の若者がこうした戦いに関わり、縛られていると見ています。学校で見た画像や動画が原因です。この依存の問題が、多くの少女たちにも及んでいることに驚いたと言います。
  • テサロニケ人への第一の手紙4章3〜4節。「神のみこころは、あなたがたが聖化されることである。すなわち、不品行を避け、各自、わきまえて自分のからだを、聖く尊く保ち、」
  • メッセージは祈りで終わります。神が教会を聖めてくださるように。「日曜の朝だけでなく、毎日、毎晩、だれにも見られていないときも」。

大切なポイント

  • 性は霊的なものです。一つの肉となる結びつきは、体と霊の両方に関わります。
  • 神の枠組みである結婚は、不自由にするためではなく、守るためにあります。
  • 神は、誘惑の前に立ち続けてどこまで耐えられるかを試すことを求めておられません。逃げることを求めておられます。戦いを養っているものを取り除くのです。
  • 罪は視線と心から始まります。神の心にかなう人でさえ、だれも例外ではありません。
  • 神は、心を尽くして立ち返る人を回復してくださいます。そして、あなたがひとりで戦うことを望んではおられません。

自分への問いかけ

  1. だれにも見られていないときも、あなたは体をもって神をあがめていますか。
  2. あなたのスマートフォンや、あなたが見ているものの中に、避けられるはずの戦いを養っているものはありませんか。
  3. 結婚には至らないとわかっていながら、続けている関係や状況はありませんか。
  4. 結婚しているなら、今週、配偶者と結婚生活をどのように大切にできますか。
  5. もうひとりで抱え込まないために、どの兄弟、姉妹、あるいはどの指導者に、自分の戦いを話せるでしょうか。

引用された聖書箇所

よくある質問

聖書の「ポルネイア」というギリシア語は何を意味しますか。

ポルネイアは、「不品行」と訳されるギリシア語です。Samuel Mabboux牧師は、神が与えてくださった枠組み、すなわち男女の結婚の外で営まれるあらゆる性を指す言葉だと説明しています。コリント人への第一の手紙6章18節で用いているのも、この言葉です。「不品行を避けなさい。」

なぜ性は霊的なものだと言えるのですか。

創世記2章24節によれば、男と女は一体となります。説教者によれば、性の交わりは肉体だけでなく、霊も関わる結びつきに封をするものです。だからパウロは、この分野で罪を犯す人は、聖霊の宮である自分自身のからだに対して罪を犯すのだと言っています。

不品行の過去がある人を、神は回復してくださいますか。

はい。Samuel Mabboux牧師は、主は回復させ、いやし、きよめ、過去の絆を断ち切ることができると断言しています。心から赦しを求めるなら、神はもうあなたの罪を思い出されません。また牧師は、ひとりで抱え込まず、一緒に祈ってくれる兄弟、姉妹、あるいは指導者に話すことを勧めています。

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