はじめに
「部屋の戸を閉めて神とふたりきりになるとき、あなたは自分が何者で、だれの名を呼んでいるのかを知るでしょう。」エグリーズ・エヴァンジェリック・ヴィ・ヌーヴェル教会のルネ・ウアンジ牧師は、数週間前に始めたシリーズ「私たちの信仰を変える神の御名」の続きを語ります。
神はみことばを通して、状況を通して、そして御名を通して、ご自身を現してくださいます。力ある神、真実な神、平和の神。だれに向かって祈っているのかを知ると、祈りが変わります。それを知らないままでは「信仰のない言葉」を口にしてしまうおそれがある、と牧師は警告します。
牧師は最初の五つの御名を振り返ったあと、新たに五つの御名を紹介します。どれもあなたの祈りの生活に直結するものです。平和の主、いやしの主、ここにおられる主、あなたの羊飼いである主、そして万軍の主です。
メッセージの流れ
1. 祈るときにだれに話しているのかを知る
- 神がみことばの中でご自身を現されたのは、あなたが「何倍にも豊かにされた祈りの生活」を送り、求めていることが成就するのを信仰によって見るためです。ときには祈り終える前にそれを見ることさえあります。
- 牧師は若い人たちに、祈りの時間を持つよう勧めます。「SNSはあなたの時間を食いつぶし、じわじわとあなたを蝕みます。」これは非難ではない、と牧師は付け加えます。SNSが登場する前にも、ほかのものが同じように時間を奪っていました。若い人も、そうでない人も、私たちはキリストのものであり、もはやこの世のものではありません。
- 朝起きてまずすべきことは、何よりも先に神をほめたたえることです。あなたの人生でいちばん大切な方はだれでしょうか。イエスです。
- 第一部の振り返りです。ヤハウェ・イルエ(備えてくださる神。十字架で御子イエス・キリストを備えてくださった方)、エロヒム(創造者なる神。力強く、主権をもつ方)、アドナイ(賛美の中に君臨される主)、エル・シャダイ(全能の神。不可能なことは何もない方)、エル・エリヨン(いと高き神。その善と真実は天のように高い方)。
2. ヤハウェ・シャローム、平和の主
- この御名を明らかにしたのは、士師のひとりギデオンです。彼はミデヤン人の圧迫のもとで暮らし、なぜこれほど多くの災いが起こるのかと問いかけていました。神はまず供え物をささげるよう求め、ギデオンはそのとおりにしました。
- 人は何もかもを恐れます。明日への不安、月末をやりくりできるかという心配、上司、試験、隣人への恐れ。しかしイエスは、からだを殺しても魂を殺せない者たちを恐れるなと言われました(マタイ10:28)。
- 「恐れや不安をあなたの人生から追い出したいなら、自分自身を神にささげなさい。」神に自分をすべてゆだねなければ、起こることすべてを恐れるようになります。
- ピリピ4:6-7も同じことを語っています。何事も思い煩わず、感謝をもって祈りと願いを神に知っていただくなら、あらゆる人知を超える神の平安が、キリスト・イエスにあって心を守ってくださいます。
- 恐れは肉と感情から来るもので、あなたの内におられる御霊から来るものではありません。神の平安は理屈では説明できません。両親や兄弟姉妹の抱擁は必要ですが、真の平安は神から来ます。
- ミデヤン人は消えたわけではありませんでした。「周りの状況は同じままでも、私たちは大きな平安のうちにとどまることができます。」職場でも、難しい同僚に囲まれたとき、人と争わず平安にとどまるよう牧師は呼びかけます。
3. ヤハウェ・ラファ、いやしの主
- 出エジプト記15:26です。あなたが主の声によく聞き従い、そのおきてを守るなら、エジプト人に下した病をあなたには下さない、「わたしは主であって、あなたをいやす者だからである」。
- 牧師は、福音派の世界でさえ、神が今もいやしてくださるという確信がしばしば失われていると指摘します。しかし神は変わっておられません。「いやさない神は、私の神の名にふさわしくありません。」
- 神は一瞬でいやすことができます。十二年間出血が止まらなかった女性は、イエスの衣のふさに触れ、その時すぐにいやされました(マタイ9:20-22)。
- 神は何段階かに分けていやすこともできます。マルコ8:22-26の盲人は、最初に手を置かれたときはぼんやりと見え、イエスがもう一度目に手を置くと、すべてがはっきり見えるようになりました。「神はあなたを忘れてはおられません。」ぼんやり見えること自体がすでに奇跡でしたが、奇跡はまだ終わっていなかったのです。
- 牧師は自身の経験を語ります。頸椎がずれたときのことです。職場の近くで通っていた理学療法士は「心配いりません、時間がかかるのです」と繰り返し言いました。落ち込んで家に帰る日々でしたが、やがて神が小さな歩みを進めておられることに気づきました。五か月後には、すっかり良くなっていました。
- いやしが遅れることは、失敗のしるしでも、神が不在であるしるしでもありません。何年も続く長い病気は「必ずしも罪が原因とは限りません」。完全にいやされるまで、あきらめないでください。
4. ヤハウェ・シャマ、主はここにおられる
- エゼキエル48:35です。都の周囲は一万八千キュビトで、その日から、この都の名は「主がそこにおられる」となります。
- イスラエルは捕囚と侵略を経験しました。荒れ果てた民、破壊された国でした。神はエゼキエルを通して、再建のあとには「主はここにおられる」と人々が言うようになると約束されます。
- あなたの人生も荒れ果てたかもしれません。心にも、子どもたちにも、周りの人々にも影響が及んだことでしょう。しかし、あなたが主を受け入れたその時から、聖霊があなたの内に住んでおられます。偉大な創造主が、愛とへりくだりをもって、あなたの心に住まいを定めてくださるのです。
- 祈りが「かわいた」と感じる時期には、「主よ、そこにおられますか、おられませんか」と思うこともあるでしょう。疑う必要はない、と牧師は言います。あなたが主を受け入れた時から、主はあなたに「わたしはここにいる」と語っておられます。
- これはあなたの信仰を変えます。兄弟姉妹が苦しみを打ち明けたとき、牧師の手が空くのを待たなくても、あなた自身が手を置いて祈ることができます。「牧師だけの務めではありません。」イエスは、病人に手を置けば病人はいやされると約束されました(マルコ16:18)。牧師は教会に、もっと伝道に出ていくよう呼びかけます。神が私たちの内におられ、魂を愛しておられるからです。
- イエスは、集まった民のただ中にもおられます。ふたりでも三人でも、主の名によって集まるところにおられるのです(マタイ18:20)。ここで牧師はメッセージを中断し、会衆に立ち上がるよう促します。「主に何も求めないでください。ただ心の底から礼拝しましょう。」
- 主が私たちのただ中におられるとき、賛美も礼拝もみことばを聞くことも「四〇〇パーセント」の力でささげるべきです。眠くなったら、立ち上がって少し水を飲み、ちょっと外に出てから戻ってきてください。神が語っておられるからです。
5. ヤハウェ・ロイ、主はあなたの羊飼い
- イエスは良い羊飼いです。羊飼いの責任は、羊の世話をすることです。苦しい中にいるとき、あなたはひとりではありません。だれかがあなたを世話してくださっています。
- あなたの羊飼いはただひとりです。「牧師はあなたの羊飼いではありません。夫はあなたの羊飼いではありません。妻もあなたの羊飼いではありません。」神がふたりいないように、羊飼いもふたりはいません。そして羊は羊飼いについて行きます。
- 不安の中でこの神に祈るとき、食べ物が必要なときも守りが必要なときも、あなたは信仰をもって祈ります。羊飼いが自分の責任を果たしてくださると知っているからです。「人は頼りにならないことがあっても、イエスは責任を負ってくださいます。」
6. ヤハウェ・サバオト、万軍の主
- イザヤ1:24は、主、万軍の主、イスラエルの全能者について語っています。詩篇46篇はこう続けます。もろもろの国は騒ぎ立ち、もろもろの王国は揺らぎ、主が声を出されると地は溶ける。万軍の主は私たちとともにおられ、ヤコブの神は私たちの避け所です。
- 私たちはよく、大軍が降りてきて敵を打ち倒す場面を思い描きます。しかし牧師は、意外なことに気づきました。天の軍勢とは神に仕える御使いたちであり、その第一の役割は礼拝することなのです。イエスが生まれたとき、天の軍勢の大群が神を賛美して言いました。「いと高きところでは、神に栄光があるように」(ルカ2:13-14)。
- この軍勢は神の民を守る働きもします。ダニエル書では、御使いが来て彼を救い出しました。地上の軍隊はしばしば富や領土を得ようとしますが、神の軍勢は攻撃するためのものではなく、私たちが攻撃されたときに守ってくださるのです。
- 第二列王記6章では、はるかに多くの軍勢が預言者を取り囲み、エリシャの召使いはうろたえます。エリシャは祈ります。「主よ、どうぞ、彼の目を開いて、見えるようにしてください。」すると召使いは、山がエリシャの周りに火の馬と火の戦車で満ちているのを見ました。
- 「あなたの祈りの生活に起こる奇跡は、隣の人より大きな声で叫ぶから起こるのではありません。祈っていることを見られるように、神があなたの目を開いてくださるから起こるのです。」
- 「主よ、私をいやしてください」と祈りながらいやしが見えないこともあれば、「敵から救い出してください」と祈りながら神の軍勢が見えないこともあります。祈るとき、周りを見るのではなく、神が今なさっている奇跡を思い描いてください。信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することです(ヘブル11:1)。
- 「これらのヘブル語の名前を覚える必要はありません。大切なのは、主が万軍の主であり、あなたに見えないことを成し遂げてくださる方だと覚えておくことです。」
7. 信仰への招き
- 牧師は招きの言葉で締めくくります。今、人生に平安が必要なら、平和の主に祈りに来てください。
- いやしが必要なら、いやしの主に祈りに来てください。
- 道に迷い、選ぶことが多すぎてどこへ進めばよいのか分からないなら、あなたの羊飼いである主に祈りに来てください。
- そして周りの状況を前にしたなら、万軍の主に祈りに来てください。「目を開いて、あなたの人生に起こる神の奇跡を見なさい。」
心に留めたいこと
- 神の御名を知ることは、部屋の戸を閉めるときにだれに話しかけているのかを知ることです。あなたの祈りに信仰が増し加わります。
- 神の平安は状況に左右されません。自分を完全に神にささげるとき、平安は始まります。
- 神は今もいやしてくださいます。一瞬のこともあれば、段階を踏むこともあります。いやしが遅れても、神があなたを見捨てたわけではありません。
- 主を受け入れた時から、主はあなたの内に住んでおられます。この確信をもって、病む人のために祈り、福音を伝えることができます。
- イエスはあなたのただひとりの羊飼いであり、その責任を果たしてくださいます。万軍の主は、あなたにまだ見えないことを成し遂げてくださいます。
自分への問いかけ
- 部屋でひとり祈るとき、今あなたが通っている状況のために、神のどの御名を呼んでいるか意識していますか。
- 今、あなたの心を占めている恐れは何でしょうか。その恐れを前にして、自分を完全に神にささげるとはどういうことでしょうか。
- いやしが遅れていますか。あなたの状況の中で、神はすでにどんな小さな歩みを進めてくださったでしょうか。
- あなたの周りに、苦しんでいる兄弟姉妹はいませんか。今週、あなた自身がその人のために祈ることはできないでしょうか。
- 祈るとき、あなたはまず敵の軍勢を見ていますか。それとも神が成し遂げておられることを見ていますか。
引用された聖句
- 士師記 6:24
- マタイの福音書 10:28
- ピリピ人への手紙 4:6-7
- 出エジプト記 15:26
- マタイの福音書 9:20-22
- マルコの福音書 8:22-26
- エゼキエル書 48:35
- マルコの福音書 16:18
- マタイの福音書 18:20
- ヨハネの福音書 10:11-14
- イザヤ書 1:24
- 詩篇 46:7-8
- ルカの福音書 2:13-14
- ダニエル書 6:22
- 列王記第二 6:15-17
- ヘブル人への手紙 11:1
よくある質問
ヤハウェ・シャロームという御名はどういう意味ですか。
ヤハウェ・シャロームとは「平和の主」という意味です。この御名を明らかにしたのは、ミデヤン人への恐れの中で暮らしていたギデオンでした。ルネ・ウアンジ牧師によれば、恐れや不安は肉と感情から来ます。自分を完全に神にささげる人は、状況が変わらなくても、あらゆる人知を超える平安を受けます。
なぜ神はいつもすぐにいやしてくださらないのですか。
牧師は、神が出血の止まらなかった女性のようにその場でいやすこともあれば、ベツサイダの盲人のように何段階かでいやすこともあると語ります。いやしに時間がかかっても、それは失敗のしるしでも神の不在のしるしでもなく、長く続く病気が必ずしも罪の結果とは限りません。牧師は、あきらめないようにと励まします。
「万軍の主」という御名は、祈りの中で何を変えますか。
天の軍勢はまず神を礼拝し、そのあと神の民が攻撃されたときに守ります。エリシャと召使いの例を通して、ルネ・ウアンジ牧師は、祈りの中の奇跡は叫ぶ声の大きさから来るのではなく、神がすでに成し遂げておられることを見られるように目を開いてくださることから来ると説明します。