ハバクク2章:神の声を聞くための見張りの場所を見つけよう

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はじめに

「宝とは、何かを語れたことではありません。宝とは、何かを聞いたことです。」バーミンガム・シティ・チャーチ(Birmingham City Church)の火曜夜の祈り会「The Altar」で、ゲスト牧師のサイモン・フォスター(Simon Foster)が語りました。教会はこのとき、日曜日にコリント人への第一の手紙12章にある御霊の賜物を学んでおり、この夜のテーマは預言でした。

紹介した牧師は、彼を昔からよく知っており、預言について本当に熱い心を持っている人だと語ります。サイモン・フォスター自身は、最初にこう断ります。「今夜は、預言について教えに来たのではありません。あなたがたが預言的になる助けをしに来ました。」

エペソ3章20節から始まり、アブラハムとエデンの園を通り、30年ほど前に彼の人生を変えたハバクク2章1〜2節を中心に進みます。最後は実践的な練習で、あなたの「装備」が働くかどうかを確かめます。

メッセージの流れ

1. 神が語るとき、神はあなたを招いておられる

  • サイモン・フォスターは24歳でクリスチャンになりました。神は聞こえる声で語られたわけではありませんが、彼の心にあまりに深く触れられたため、車を運転できなくなりました。神の清さ、聖さ、美しさが車内に満ち、「まるで地上でもっとも聖なる場所のようだった」と言います。
  • 御霊は私たちを内側から外側へと造り変えてくださいます。ところが私たちの多くは、世の影響を受けて外側から内側へと生きています。イエスは、父がなさるのを見たことだけをする、と言われました(ヨハネ5:19)。
  • 神が何かを示されると、私たちは議論し、交渉します。「神が語られるとき、それは助言ではありません。ある体験への招きです。」
  • 世の騒音や文化の激変のなかで、教会の最優先事項は、神の声を聞き分け、父が求められることを行うことを学ぶことです。彼にとって、それが預言の目的です。
  • 集会の最中に預言できなくて気を悪くした人たちを、彼は見てきました。しかし宝は語ることではなく、聞くことです。神は一日中あなたに語りかけたいと願っておられます。バスで出会った人のこと、電話での会話のこと、あなたが通っている問題のことについてです。
  • 危険なのは、霊ではなく知性に導かれてしまうことです。「私たちの知性は、御霊が語られる素朴さをいつも奪い取ります。」

2. あなたの想像力は、神が種を置かれる胎

  • エペソ3章20節は、「求めまたは思うところのすべてを、はるかに越えて」かなえてくださる方について語っています。この説教者によれば、この節全体は、私たちが求めることと想像することという二つの現実の上に立っています。
  • 私たちの祈りは、想像力から生まれるべきです。しかし敵はそれを乗っ取り、教会から奪いました。私たちは、キリストの思いを持つとは、悪い考えを持たないことだと思い込んできました。彼にとってそれは「明るく考える技術」です。神は初めから終わりを知っておられるからです。
  • 彼はヘブル語の「パガ」(paga)という言葉を挙げます。神は御霊によって、またしばしば御言葉によって、私たちの内面に出会いに来られます。まず私たちの思いに、想像力に語りかけられます。
  • 恐れのために、私たちはその扉を閉ざしてしまいました。そのため、神が与えようとされた夢を見ることも、天上の所で私たちに開かれている景色を眺めることもありませんでした。
  • アブラハムには、住所もGPSもありませんでした。あったのは約束です。空の星のように、海辺の砂のように数多い子孫(創世記22:17)。彼は毎日砂の上を歩き、毎晩星を見上げました。神は日常のものを用いて、彼が並外れた未来を思い描けるよう助けられたのです。
  • 彼の問いかけです。「あなたの想像力は元気ですか。贖われていますか。神の驚きにつながっていますか。」あなたは感動するために造られました。天では、あなたは絶え間なくこう言うでしょう。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者にして主なる神」(黙示録4:8)。天に行くまで待たなくても、神の栄光を垣間見ることができます。
  • 「アップデートが必要だと思いませんか。私には必要です。」彼は神に、内なる空間を北にも南にも東にも西にも広げてくださるよう祈り、栄光の王が勝利へ導いてくださっているのに小さく考えることをやめさせてくださるよう求めます。

3. 神を知るとは、知的な同意ではなく親密さ

  • キリスト教の独特な点はここにあります。ほかの宗教では人が神に語りかけますが、ここでは神が人に語りかけられます。
  • 「永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたを知り、また、おつかわしになったイエス・キリストを知ることであります」(ヨハネ17:3)。この「知る」という言葉は、夫と妻の親密さを思わせます。二つの命が深く交わり、どこで一方が終わりどこで他方が始まるのか分からないほどです。私たちは、真理への知的な同意だけで満足してしまうことがあまりに多いのです。
  • 恋人たちは、お互いの話しかしません。彼の娘さんが最近婚約したそうで、いまは婚約者の話ばかり聞かされている、と彼は笑って言います。私たちも、そのように神とともに生きるよう招かれています。
  • 「あなたは神にとって十分ではない、という敵の嘘を信じてはいけません。イエスは神にとって十分な方です。それが神にとって十分なら、あなたも神にとって十分なのです。」
  • ゼパニヤ3章17節。主はあなたのゆえに喜び、歌をもって楽しまれます。神があなたを見られるとき、起こっているのはこのことです。では、あなたが神を見るとき、何が起こるでしょうか。
  • 「賛美は、あなたの心を御言葉を受け入れる状態に整えます。」神の御声の響きこそ、私たちがその中に生きるよう招かれている響きです。それ以外はすべて雑音です。

4. 「わたしは歩哨の所に立ち」:あなたの出会いの場所を見つける

  • ハバクク2章1節。「わたしは歩哨の所に立ち、とりでの上に身を置き、望み見て、主がわたしに何と語られるかを見よう。」説教者はここに、心の四つの姿勢を見ています。
  • 第一の姿勢は、持ち場に立つこと。彼によれば、聖書には「静思の時間」というものは出てきません。私たちが招かれているのは、ときどきではなく、絶えず神に向かい続けることです。
  • 信仰を持ったばかりのころ、彼は朝5時に祈るよう言われました。5時10分には、ベッドの端にもたれて眠っており、罪悪感を覚えていました。彼はナイトクラブの歌手で、朝4時前に寝ることはなかったのです。
  • 教会では「主はここにおられます」と告げられ、彼は「どこに?」と思いました。すると、考えられる理由は二つしかないとほのめかされます。罪か、新生していないことです。彼はユーモアを交えて、三つ目の可能性を付け加えます。「神はあなたを愛していない」。しかし問いを重ねるうちに、神は自分を、独自の仕方で出会うために造られたのだと気づきました。
  • 彼の回心は教会ではなく、車の中で起こりました。「神は、人との関わり方において偶然的でしょうか、それとも戦略的でしょうか。」もしあなたがスポーツ好きなら、体を動かすなかに神の招きがあるかもしれません。
  • 彼の場所は、庭の奥にある小屋です。そこには四つの香りがあり、御霊がどう導いておられるかに応じて選びます。一つは親密さと慕う思いのため、もう一つはイエスの完成された御業の勝利のため、ユダ族の獅子を見る必要があるときのためです。そこでの姿は誰にも見られません。それが神との愛の言葉なのです。
  • そこで彼は話しません。ノートを手に取り、神の臨在を待ちます。ときには1時間、1時間半、ときにはすぐです。「神に語っていただきたいなら、私は黙っているほうがいいのかもしれません。」あなたの場合は、田舎道かもしれませんし、音楽、読書、あるいは誰かと一緒にいることかもしれません。

5. 「見るために」:心を傾け、交わりを取り戻す

  • 第二の姿勢は、見ること。ハバククは心の目を自分の神に向けます。この向きは、神が来られる前にあります。聖書は「聞く」ではなく「見る」と言っています。神は私たちの想像力に語られるのです。
  • 私たちが心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして神を愛するよう招かれているのは(マルコ12:30)、神が御心のすべて、知性のすべて、力のすべてをもって私たちを愛しておられるからです。
  • 第三の姿勢は、神の響きを聞き分けること。交わりはここから始まります。アダムは神と友のように歩み、自分が劣っているとは思っていませんでした。堕落のあと、彼はこう言います。「わたしは園の中であなたの歩まれる音を聞き、裸だったので、恐れて身を隠したのです」(創世記3:10)。
  • そこに一つの循環が現れます。恥、恐れ、支配です。アダムが知らなかった恐れ。「何か悪いことをした」ではなく「自分のどこかがおかしい」と言う恥。神とどう出会うかを交渉させる支配です。
  • 説教者は、回心したとき、以前の生活から抜け出すなかで、「あなたは恐ろしくくすしく造られている」「母の胎内でわたしを組み立てられた」(詩篇139:13-14)という言葉を聞いたと話します。彼は、神が何かを読み飛ばしたのだと思いました。それが恥です。
  • アダムが失ったものを、最後のアダムであるイエスが取り戻してくださいました。だから私たちは、恵みの御座に確信をもって近づくことができます(ヘブル4:16)。それは思い上がりからではなく、キリストが私たちの勝利だからです。
  • 「親密さをめぐる戦いは、今日のキリストのからだにとって最大の霊的戦いです。」私たちの携帯電話やスケジュールは、少しの余白も残しません。賛美は私たちを正しい位置に戻します。神はご自分の民の賛美のうちに住まわれるのです(詩篇22:3、「イスラエルのさんびの上に座しておられる」)。

6. 「幻を書きしるせ」:神がなさることを記録する

  • 第四の姿勢は、書くこと(ハバクク2:2)。幻とは、あなたが思い描けるものです。
  • 妻と結婚する前、彼は不安を抱えて聖書学校へ行きます。以前の生活から出てきた自分が、愛する女性の人生を台無しにしてしまうのではないかと恐れていました。守り、経済的にも支えていた母のことも心配でした。彼は神への手紙を書き、そのすべてを委ねました。
  • 3年間、休みのたびに本を片づけ、手紙のことは忘れていました。卒業式の日、その手紙が床に落ちます。自分の筆跡だと気づいて読むと、頼んだことはすべて、神が成し遂げておられました。「量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれ出るまでにして」(ルカ6:38)です。
  • 二人は、まさにその教会の講堂で結婚しました。彼は式のあいだずっと泣いていたそうです。
  • 「神と対話しているなら、神に求めたことを記録しておきなさい。」そうしないと、後ろを振り返らずに進んでしまい、道のなかったところに神が道を開いてくださったことを忘れてしまいます。

7. 装備を試す:冷蔵庫から預言へ

  • 彼は会衆に、目を閉じて自分の冷蔵庫を思い浮かべ、それを開けて中に何が入っているか言ってみるように求めます。オリーブ、デーツ、カレーのシチュー、ブルーベリー、サーモン。においまで感じる人もいました。
  • 想像力が取るに足りない物についてこれだけのことをできるなら、神の栄光とつながったときに何ができるか考えてみてください。「悪魔が神の民の思いを奪おうと必死になるのも当然です。」
  • 彼は、隣の人の肩に手を置き、その人のために御霊が自分の想像力に語ってくださるよう求めるように促します。異言では祈らず、聞く姿勢で。そして、イメージ、感じたこと、聖書の言葉、いくつかの言葉を、すぐには意味が分からなくても分かち合います。
  • 「それが神からだとどうして分かるのですか。あなたは誰に語ってくださいと頼みましたか。」あなたは、あなたのうちに住まわれる神に頼んだのです。あなたのからだは聖霊の宮だからです(コリント人への第一の手紙6:19)。悪魔の力には限りがあります。悪魔に、受けるに値しない評価を与えてはいけません。
  • 「わたしの羊はわたしの声に聞き従う」(ヨハネ10:27)。これは、もっとも聖い人たちだけに許された可能性ではなく、宣言です。「あなたがたのうちにいますかたは、世にいる者よりも大いなるかただからである」(ヨハネの第一の手紙4:4)。
  • 彼は、不器用な預言と、悪い預言を区別します。不器用な預言は、学びはあってもそこに神からのものがあります。悪い預言は、神のご性質に反します。出産、結婚、死についての預言は認めていません。「私たちはまだ冷蔵庫の段階です。」
  • 最初の体験は、理解することではなく、受け取ることです。父に感謝し、それからたくさん質問をしましょう。「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう」(マタイ7:7)。

ポイント

  • 宝とは、神の名によって語れることではなく、神の声を聞いたことです。
  • 神はまずあなたの想像力に語られます。それは恐れて閉ざすものではなく、贖われるにまかせるものです。
  • 唯一のモデルはありません。神は、あなたに合った仕方で出会うようにあなたを造られました。あなたの見張りの場所を見つけましょう。
  • 恥、恐れ、支配は、あなたを神の臨在から遠ざけます。アダムが失ったものをイエスが取り戻してくださったので、あなたは確信をもって近づくことができます。
  • 求めたことと神が示されたことを書きとめましょう。いつか、神がなさったことを賛美できるように。

個人的な適用

  1. あなたの見張りの場所はどこですか。自分の招きではなく、誰かほかの人の招きを生きようとしていませんか。
  2. あなたの想像力はどうですか。神の驚きにつながっていますか。それとも、おもに自分の問題で占められていますか。
  3. 神があなたに何かを示されたとき、素直に従いますか。それとも交渉を始めますか。
  4. 神との関係のなかに、恥、恐れ、支配という循環はありませんか。確信をもって近づくのを妨げているものは何ですか。
  5. 今週、神への手紙を書くか、神に求めることを書きとめるノートを始めてみませんか。

引用された聖句

よくある質問

ハバクク2章でいう「見張りの場所を見つける」とはどういう意味ですか。

サイモン・フォスターによれば、ハバククの見張りの場所は、決まった時間に義務として行う祈りの時間ではなく、神があなたと独自の仕方で出会うために備えてくださった場所のことです。彼にとっては、庭の奥にある小屋です。あなたにとっては、田舎道の散歩、音楽、読書、あるいは誰かと一緒に過ごす時間かもしれません。

なぜ神は私たちの想像力に語られるのですか。

パウロは、私たちが求めまたは思うことについて語り(エペソ3:20)、ハバククは「望み見て」と言います。説教者によれば、想像力は神が種を置かれる胎です。イエスご自身も、父がなさるのを見たことだけを行われました。敵はこの場所を乗っ取りましたが、神はそれを贖おうとしておられます。

あるイメージや感覚が神からのものかどうか、どうすれば分かりますか。

サイモン・フォスターは問いかけます。あなたは誰に語ってくださいと頼みましたか。あなたは、あなたのうちに住まわれる神に頼んだのです。イエスは「わたしの羊はわたしの声に聞き従う」と言われ、あなたのうちにおられる方は、世にいる者よりも大いなる方です。まず、すべてを理解できなくても、来るものを受け取りましょう。そのうえで、父に質問をしてください。

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