神があなたと結びたい契約(創世記15章)
アブラハムというと、イサクを捧げる試練や、サラの物語が語られることが多いです。しかし、アブラハムが経験したのに、あまり語られない契約があります。それが創世記15章です。強烈なイメージに満ち、少し血なまぐさい箇所ですが、そこには、あなたと個人的に関わりたいと願う神様の姿が描かれています。今日もなお、神様はすでに契約書を用意しておられます。あとは、あなたのサインを待っておられるだけなのです。
記事の構成
- あなたは今も神様の約束を信じていますか
- 神様を手伝おうとしないで:約束を待ちなさい
- 契約を奪おうとするハゲタカを追い払いなさい
- 神様があなたの真ん中を通られる:火によって結ばれた契約
- 新しい契約を結ぶのに遅すぎることはない
1. あなたは今も神様の約束を信じていますか
神様は幻の中でアブラハムに現れ、こう語られます。「アブラムよ、恐れるな。わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは非常に大きい。」すると、あの信仰の偉人アブラハムは、意外な言葉を返します。「主なる神よ、あなたは私に何をお与えになるのですか。私には子がなく、去っていくばかりです。」アブラハムは90歳です。すでに人生の終わりのことばかり考えています。神様がまだ自分の人生に働いてくださるとは、もう本気で信じていなかったのです。
これは、あなたにも起こり得ることです。聖書を読み、賛美でアーメンと言い、牧師のメッセージにアーメンと言い、何にでもハレルヤと言う。でも、あなたは本当に神様の約束を信じているでしょうか。「神様がそう言われたのだから、その通りに一言一句実現する」と、本気で思っているでしょうか。
アブラハムはあまりにも信仰を失っていたので、プランBを考え出しました。しもべであるダマスコのエリエゼルを後継者として迎えようとしたのです。神様に代わって、自分で何とかしようとしたのです。それに対して神様はこう答えられます。「その者があなたの跡を継ぐのではない。あなたの体から生まれる者が、あなたの跡を継ぐのだ。」
ここで、具体的にできることがあります。神様があなたに与えてくださった約束を、付箋に書いてみてください。冷蔵庫でも、机でも、必要なら玄関の柱にでも貼っておきましょう。神様が語られたことを、繰り返し思い出すのです。なぜなら、約束の実現が遅れると、記憶は薄れ、信仰も萎えてしまうからです。
2. 神様を手伝おうとしないで:約束を待ちなさい
アブラハムは神様を手伝おうとしました。サラも同じです。彼女は、女奴隷ハガルを夫の元へ送りました。この関係からイシュマエルが生まれ、彼は今日に至るまで、絶えずイスラエルの民と対立する民の父となりました。あなたが神様に手を貸そうとするとき、いつもイシュマエルを生み出してしまいます。祝福されるはずだったものを、複雑にしてしまうのです。
「主を手伝おうとしなくてよいのです。主は助けを必要とされません。主に委ねなさい。ただ信じなさい。そうすれば、神様の栄光を見ることになります。」神様は、私たちが想像するようには、ほとんど行動されません。神様は驚くべき方です。そして、急いではおられません。神様の視野には永遠があるのです。あなたは今日という一日の中にいますが、神様はすでに永遠の中におられます。
アブラハムは、信じることを自らに課しました。聖書はこう記します。「アブラムは主を信じた。それが彼の義と認められた。」信じるということは、ある時点で、選び取るものになります。何も動いていないように見えても、あなたは信頼することを決断するのです。静かに、信仰をもって、神様の約束を待つのです。
3. 契約を奪おうとするハゲタカを追い払いなさい
神様はアブラハムに、契約の犠牲を用意するよう求められます。三歳の雌牛、三歳の雌やぎ、三歳の雄羊、山鳩、そして若い鳩です。アブラハムは動物たちを裂き、それぞれを互いに向かい合わせに置きます。すると、非常に象徴的な出来事が起こります。「猛禽がその死体の上に降りて来た。アブラムはそれを追い払った。」
あなたが主とともに前進しようと決めた瞬間、ハゲタカがやって来ます。あなたが初めて水曜日の集会に行こうと決めた途端、突然車の調子が悪くなったり、管理組合の会議がちょうど18時に入ってきたりします。祈りたい、教会で奉仕したい、神様とともにもう一歩踏み出したいと思うと、必ず何かが邪魔をし、何かがあなたの祝福を奪おうとするのです。
この鳥たちは追い払わなければなりません。彼らも急いではいません。あなたが神様と契約を結ぼうとするまさにその瞬間を狙って、あなたが手にしようとしているものに襲いかかってくるのです。これは本物の霊的戦いです。敵は何もしていない人を攻撃しません。敵が攻撃するのは、立ち上がる人たちです。リーダー、責任者、長老、説教者、祈る人、神様とともに人生の計画を担う人たちです。
祈りがなければ、あなたはすでに戦いに負けています。これは預言的な話ではなく、算数のような話です。聖書はあなたに絶えず祈りなさいと告げています。ひざまずいて戦わなければ、あなたはあの鳥たちを追い払うことはできません。
4. 神様があなたの真ん中を通られる:火によって結ばれた契約
日が沈むころ、恐怖と大きな暗闇がアブラハムを襲います。訳によっては、これを苦悶と表現するものもあります。そして夜になると、「煙の立つかまどと燃える松明が、裂かれた動物の間を通り過ぎた」とあります。この炎こそ、神様ご自身が通っておられる姿です。契約を結ばれるのは、神様ご自身なのです。
当時の契約では、両者が裂かれた動物の間を通ることで、「もし私がこの契約を破るなら、私もこの動物のようになる」という意味を表していました。しかしここでは、アブラハムは眠っています。通られるのは神様おひとりだけです。誓いを立てられるのも、神様おひとりだけです。これは一方的な契約であり、その全責任を神様ご自身が担われる契約です。まさに恵みを鮮やかに映し出す出来事です。
今日、あなたはもう、やぎや山鳩を持って来る必要はありません。イエス様の血が、一度限りで新しい契約を結んでくださいました。あなたに残されているのは、自分自身を二つに開かれるままにし、生きた供え物として神様の前に差し出すことです。そうすることで、神様があなたの内側を通ってくださるのです。
ヘブル人への手紙4章12節には、神の言葉はどんなに鋭い両刃の剣よりも鋭く、魂と霊、関節と骨髄とを切り分けるほどに切り込む、とあります。魂と霊ほど深く、隠され、親密な部分はありません。神様はそこまで踏み込みたいと願っておられます。恥をかかせるためではなく、あなたを回復させ、豊かにあなたの人生を変えるためです。
この契約には限界も伴います。「エジプトの川から、あの大河ユーフラテス川まで。」神様がみことばの中で示される限界は、あなたを縛るためのものではありません。あなたを罪から遠ざけ、主のそばにとどまらせるための、守りなのです。私たちはしばしば、イエス・キリストの中にある計り知れない自由よりも、限界のほうにばかり目を向けてしまいます。
5. 新しい契約を結ぶのに遅すぎることはない
アブラハムが99歳になったとき、神様は創世記17章で契約を更新されます。「わたしは全能の神である。わたしの前を歩み、全き者であれ。わたしは、わたしとあなたとの間に契約を立て、あなたを限りなく増し加える。」99歳です。そして神様は彼の名前を変えられます。アブラムはアブラハムに、サライはサラになります。新しいアイデンティティ、新しい使命です。
もしかすると、あなたは後悔の中に生きているかもしれません。「あんなに多くの年月を無駄にしてしまった。かつては神様に熱心だったのに、その手を離してしまい、この世に戻ってしまった。」あるいは、「回心が遅すぎた。30年をむだにしてしまった。」敵は、あなたを過去に引き戻し、前に進めなくさせることを好みます。
パウロを見てください。彼はステパノを石打ちにした人々の上着の番をしていました。クリスチャンたちを役人の前へ引き立てていました。神様が彼に現れたとき、彼は恥に打ちのめされたまま立ち止まりませんでした。こう決意したのです。「これからは、失ったものを取り戻すために、二倍働こう。」聖書は、神様がいなごが食い尽くした年々を取り戻してくださると語っています。
ヨシヤは8歳で王になりました。16歳のとき、彼は神殿の再建と、みことばを再び世に出すことを始めました。神様は、16歳の若者も、99歳の老人も、90歳の女性も、60歳を過ぎたばかりの人も、皆用いてくださいます。あなたの年齢は言い訳になりません。あなたの過去も同じです。
あなたのアイデンティティが変わるとき、あなたの使命も変わります。あなたはもはやよそ者ではなく、いと高き方の息子、娘と呼ばれています。もう後悔の中に生きるのはやめましょう。失った年月のことを考えるのもやめましょう。今日、今年、この季節に神様が何をしようとしておられるかを考えてください。神様は、もうあなたの過ちを覚えておられません。あなたの人生に、新しいことをしようとしておられるのです。
覚えておきたいポイント
- 神様はあなたと契約を結びたいと願っておられます。すでに契約書は用意されていて、あとはあなたのサインを待つだけです。
- 神様があなたにくださった約束を書き留め、繰り返し思い出しましょう。そうしなければ、いつしか信じられなくなってしまいます。
- 神様が約束を果たすのを手伝おうとしないでください。生まれる「イシュマエル」の一つひとつが、祝福されるはずだったものを複雑にしてしまいます。
- あなたが神様とともに前進しようと決めた途端、ハゲタカがやって来ます。祈りと忍耐によって、それを追い払わなければなりません。
- 創世記15章では、動物の間を通られるのは神様おひとりだけです。契約は、あなたの行いではなく、神様の約束にすべてがかかっています。
- 神様がみことばの中で示される限界は、檻ではなく、防壁です。本当の自由は、イエス・キリストの中にあります。
- 99歳になったアブラハムに、神様は契約を更新し、名前を変えてくださいました。遅すぎることは決してありません。神様はいなごが食い尽くした年々を取り戻してくださいます。
あなたへの適用
- ただ実現が遅れているというだけの理由で、信じることをやめてしまった、神様からの約束はありませんか。
- あなたはどこで、自分のやり方で「神様を手伝おう」として、イシュマエルを生み出す危険を冒していますか。
- 今、あなたの契約を奪おうとしている鳥たちは何でしょうか。気を散らすもの、妨げ、落胆でしょうか。今週、どうやってそれを追い払いますか。
- あなたは生きた供え物として神様の前に差し出され、あなたの魂と霊の奥深くを、神様に通していただく準備ができていますか。
- あなたの過去の一章(罪、断念、無駄にしてしまった季節)を、まだ敵にあなたを攻める材料として使わせてしまっていませんか。
引用された聖句
- 創世記15章・神様とアブラハムとの契約
- 創世記17章・99歳での契約の更新
- 創世記16章・サラ、ハガル、そしてイシュマエルの誕生
- ヘブル人への手紙4章12節・両刃の剣である神の言葉
- ヘブル人への手紙9章・キリストの血によって結ばれた新しい契約
- ローマ人への手紙12章1節・生きた供え物
- ヨエル書2章25節・いなごが食い尽くした年々
- テサロニケ人への第一の手紙5章17節・絶えず祈りなさい
- ヨハネ16章33節・この世では患難があるが、勇気を出しなさい
- 列王記第二22章・8歳で王となり、16歳で改革を始めたヨシヤ
よくある質問
神様はなぜアブラハムに血なまぐさい犠牲を求められたのですか
旧約聖書の時代、厳粛な契約は血によって結ばれるものでした。両者が、真っ二つに裂かれた動物の間を通ることで、「もしこの契約を破るなら、私もこのようになる」という意味を表していたのです。ここで、一つの細部が心を打ちます。アブラハムは眠っていて、動物たちの間を通られるのは神様おひとりだけなのです。契約は、人間の行いではなく、神様ご自身の誓いにすべてがかかっています。これは、十字架でイエス様がすべてを成し遂げてくださった、キリストの血による新しい契約の予告なのです。
犠牲の上に降りて来る猛禽は何を意味していますか
それは、あなたが神様とともに前進しようと決めるまさにその瞬間に立ちはだかる、あらゆるものを表しています。突然の気晴らし、物理的な妨げ、落胆、霊的な攻撃です。アブラハムはそれを放っておかず、「追い払った」のです。あなたも同じように、それらを居座らせてはいけません。祈りと忍耐によって、そして神様にもう一歩近づこうとしたまさにその瞬間にやって来る言い訳に屈しないことによって、それらを追い払いましょう。
これまでにしてしまったこと、失敗してきたことがあっても、神様はまだ私を用いてくださいますか
はい、用いてくださいます。アブラハムは99歳のときに、神様が契約を更新し、名前を変えてくださいました。パウロは、神様が現れる前は教会を迫害していました。ヨシヤはわずか8歳でした。共通しているのは、神様は過去ではなく、これから先を見ておられるということです。神様は、いなごが食い尽くした年々を取り戻してくださいます(ヨエル書2章25節)。もう後悔の中に生きるのはやめましょう。今日、神様にあなたとの契約を新たにし、新しい使命を委ねてくださるよう、祈り求めてください。
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