はじめに
礼拝を結ぶ立場になり、心に残る言葉で会衆を送り出したいと思っていませんか。このページには、15の祝福と派遣の言葉を、三つのグループに分けてまとめました。聖書に基づく祝福、宣教への派遣の言葉、子どもとユースのための礼拝の結びです。ご自分の教会の雰囲気に合うものを選び、会衆を見ながらゆっくり読み、人々が立ち上がる前に短い沈黙を置いてください。
礼拝を結ぶ聖書に基づく祝福
これらの祝福は、聖書の言葉に基づいています。聖書そのままの節は、下の専用の項目に載せていますので、お好みであればそちらをそのままお読みください。
「主があなたがたを祝福し、あなたがたを守られますように。主がみ顔をもってあなたがたを照らし、恵んでくださいますように。主がみ顔をあなたがたに向け、平安を賜わりますように。きょうも、そしてこの一週間のあいだも。」
「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。平安のうちに行きなさい。」
「あなたがたを守ってつまずかない者とし、栄光の前に喜びのうちに立たせてくださる方、救い主なる唯一の神に、イエス・キリストによって、栄光と大能がありますように、今も、また世々限りなく。この確信をもって出て行きましょう。」
「望みの神が、信仰によるあらゆる喜びと平安であなたがたを満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みにあふれさせてくださいますように。行きなさい。主があなたがたとともにおられます。」
「平和の神が、あらゆる良いことにおいて、あなたがたにみこころを行う力を与えてくださり、イエス・キリストによって、み前に喜ばれることをあなたがたの内に成し遂げてくださいますように。栄光が、世々限りなく神にありますように。」
礼拝後の宣教への派遣の言葉
派遣の言葉は、礼拝が教会の扉のところで終わるのではないことを思い起こさせます。人々がどこへ行くのか、だれが一緒にいてくださるのかを告げます。
「礼拝は終わりますが、あなたがたの奉仕はここから始まります。家庭へ、職場へ、学校へ行き、そこでイエスの姿を映す者となってください。主はあなたがたに先立って行かれ、ともに歩んでくださいます。次の日曜日まで、主の平安があなたがたを守りますように。」
「みことばを受けたのですから、これからそれを生きましょう。今朝来られなかった人たちのところへ、笑顔で、訪問で、ちょっとした手助けで出て行ってください。神が、主について語る機会と、それを優しく語る心を与えてくださいますように。」
「平安のうちに出て行きなさい。あなたがたはひとりではないことを覚えてください。ここにあなたがたを集めてくださった方が、一週間ずっとともにいてくださいます。そのご臨在が、試練のときには慰めとなり、あかしのときには勇気を与えてくださいますように。」
「主は、弟子たちを遣わされたように、あなたがたを遣わされます。騒ぎ立てることなく、しかし真実なあわれみをもって。へりくだって仕え、広い心で赦し、忍耐をもって愛しましょう。キリストは世の終わりまで、あなたがたとともにおられます。」
「今朝聞いたことを、椅子の上に置いて帰ってはいけません。会話の中へ、決断の中へ、人との関わりの中へ持って行ってください。神が、それを実行する志と力をあなたがたの内に与えてくださり、その恵みがどこへ行ってもあなたがたに先立ちますように。」
子どもとユースのための礼拝の祝福
子どもや若い人たちには、短くて具体的な文を使いましょう。復唱してもらったり、手を挙げて祝福を受けてもらったりするのもよいでしょう。
「子どもたち、手をあげてね。主イエスさまは、みんなのことがとても大好きで、おうちでも学校でも、いつもいっしょにいてくださいます。さあ、やさしく、勇気をもって行きましょう。そして来週もまた来てね。神さまがみんなを守ってくださいますように。」
「子どもたち、みんなは神さまにとって大切な宝物です。こわいときは、神さまがすぐそばにいてくださることを思い出してください。うれしいときは、みんなで分かち合いましょう。イエスさまが今週、みんなのことを、そしてみんなの大切な人たちのことを、守ってくださいますように。」
「ユースのみなさん、あなたがたは教会の未来ではなく、すでに教会の「いま」です。試験のことも、友だちのことも、SNSのことも、確信をもって新しい一週間に踏み出してください。神があなたがたをまっすぐに守り、あなたがたらしくあり続ける勇気を与えてくださいますように。」
「帰る前に、隣にいる人の顔を見てください。そして「また日曜日に」と声をかけ、それまでその人のことを心にかけてください。主がグループとしてのあなたがたを祝福し、一つに結び合わせ、小さなことにも忠実な者としてくださいますように。」
「ユースのみなさん、神があなたがたを招いて、ご自分に従うようにと呼んでおられるのは、いまです。あとではありません。みことばを心にたくわえ、主の友を周りに置きましょう。主があなたがたを悪い道から守り、いのちに至る道へと導いてくださいますように。」
祝福についての聖書箇所
これらの聖書の言葉は、礼拝の終わりにそのまま読めます。教会でも特によく用いられるものです。
民数記6章24-26節
「「願わくは主があなたを祝福し、あなたを守られるように。 願わくは主がみ顔をもってあなたを照し、あなたを恵まれるように。 願わくは主がみ顔をあなたに向け、あなたに平安を賜わるように」』。」
古くから礼拝を結ぶために用いられてきた、アロンの祝福です。会衆を見ながら、一文ずつゆっくりと読んでください。 民数記6章を全文で読む。
ユダの手紙1章24-25節
「あなたがたを守ってつまずかない者とし、また、その栄光のまえに傷なき者として、喜びのうちに立たせて下さるかた、 すなわち、わたしたちの救主なる唯一の神に、栄光、大能、力、権威が、わたしたちの主イエス・キリストによって、世々の初めにも、今も、また、世々限りなく、あるように、アァメン。」
守る方、そして喜びのうちに立たせてくださる方としての神に向けた頌栄です。厳かな礼拝の終わりにふさわしい聖句です。 ユダの手紙1章を全文で読む。
ローマ人への手紙15章13節
「どうか、望みの神が、信仰から来るあらゆる喜びと平安とを、あなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを、望みにあふれさせて下さるように。」
望みと喜びと平安を中心にした祝福です。会衆が困難な時期を通っているときに選んでください。 ローマ人への手紙15章を全文で読む。
ヘブル人への手紙13章20-21節
「永遠の契約の血による羊の大牧者、わたしたちの主イエスを、死人の中から引き上げられた平和の神が、 イエス・キリストによって、みこころにかなうことをわたしたちにして下さり、あなたがたが御旨を行うために、すべての良きものを備えて下さるようにこい願う。栄光が、世々限りなく神にあるように、アァメン。」
神がみこころを行う力を与えてくださるようにと願う派遣の言葉です。人々を日常の生活へと送り出す備えになります。 ヘブル人への手紙13章を全文で読む。
礼拝の祝福の祈りの仕方
開かれた姿勢をとりましょう。手を上げるか、手のひらを前に開いて、会衆を見ます。これは演出ではなく、迎え入れるしぐさであり、言葉をより生き生きとさせます。
ゆっくり話し、一文ごとに息をつかせましょう。祝福は受けるものであり、お知らせのように読み上げるものではありません。最後に数秒の沈黙を置くと、人々が祝福を受け取りやすくなります。
その日に合わせて祝福を調整しましょう。イースター、クリスマス、新学期、教会での葬儀など。会衆の状況に触れる一言は、いつも同じ決まり文句よりも深く心に届きます。
控えめにしましょう。祝福は、預言を告げたり、結果を約束したりする時間ではありません。信頼と素朴さをもって、出て行く人たちを守り、同行してくださるよう、神に願いましょう。
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よくある質問
礼拝の終わりには、どの祝福を唱えればよいですか。
民数記6章24節から26節の祝福が最も広く用いられています。短く、美しく、多くの人が知っているからです。礼拝の雰囲気に応じて、派遣の言葉やパウロの手紙から取った祝福を選んでもよいでしょう。ゆっくり読み、会衆を見てください。
礼拝の祝福は、だれが与えることができますか。
たいていは牧師か礼拝の司式者ですが、教会が任命した信徒であればだれでも唱えることができます。大切なのは、自分の力で与えようとするのではなく、神の祝福を誠実に願うことです。
祝福と派遣は、どう違いますか。
祝福は、神が守り、支え、同行してくださるように願うものです。派遣は、人々が証人として世へ戻っていくことを思い起こさせるものです。多くの教会では、この二つを組み合わせ、派遣の言葉のあとに聖書の祝福を唱えます。
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