聖書 — 口語訳 (1955)

マタイによる福音書 9

概要

マタイによる福音書9章は、イエスの権威を示す一連の場面を集めています。イエスは中風の人を赦していやし、取税人マタイを召し、罪人たちと食事をして、パリサイ人たちを驚かせます。断食についての問いには新しいぶどう酒のたとえで答え、役人の娘を起こし、病気の女をいやし、二人の盲人の目を開き、口のきけない人を話せるようにします。群衆を見て深くあわれみ、収穫の主に、働き人を送ってくださるよう祈れと求めて、この章は結ばれます。

この章の6つの区分

  1. 1-8節中風の人:イエスは罪を赦し、いやされる
  2. 9-13節マタイの召命と、罪人たちとの食事
  3. 14-17節断食の問い:新しいぶどう酒と新しい皮袋
  4. 18-26節役人の娘と、衣にさわった女
  5. 27-34節二人の盲人と口のきけない人:イエスの信仰とあわれみ
  6. 35-38節収穫は多い:働き人が送られるよう祈る

1さて、イエスは舟に乗って海を渡り、自分の町に帰られた。

2すると、人々が中風の者を床の上に寝かせたままでみもとに運んできた。イエスは彼らの信仰を見て、中風の者に、「子よ、しっかりしなさい。あなたの罪はゆるされたのだ」と言われた。

3すると、ある律法学者たちが心の中で言った、「この人は神を汚している」。

4イエスは彼らの考えを見抜いて、「なぜ、あなたがたは心の中で悪いことを考えているのか。

5あなたの罪はゆるされた、と言うのと、起きて歩け、と言うのと、どちらがたやすいか。

6しかし、人の子は地上で罪をゆるす権威をもっていることが、あなたがたにわかるために」と言い、中風の者にむかって、「起きよ、床を取りあげて家に帰れ」と言われた。

7すると彼は起きあがり、家に帰って行った。

8群衆はそれを見て恐れ、こんな大きな権威を人にお与えになった神をあがめた。

9さてイエスはそこから進んで行かれ、マタイという人が収税所にすわっているのを見て、「わたしに従ってきなさい」と言われた。すると彼は立ちあがって、イエスに従った。

10それから、イエスが家で食事の席についておられた時のことである。多くの取税人や罪人たちがきて、イエスや弟子たちと共にその席に着いていた。

11パリサイ人たちはこれを見て、弟子たちに言った、「なぜ、あなたがたの先生は、取税人や罪人などと食事を共にするのか」。

12イエスはこれを聞いて言われた、「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。

13『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、学んできなさい。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」。

14そのとき、ヨハネの弟子たちがイエスのところにきて言った、「わたしたちとパリサイ人たちとが断食をしているのに、あなたの弟子たちは、なぜ断食をしないのですか」。

15するとイエスは言われた、「婚礼の客は、花婿が一緒にいる間は、悲しんでおられようか。しかし、花婿が奪い去られる日が来る。その時には断食をするであろう。

16だれも、真新しい布ぎれで、古い着物につぎを当てはしない。そのつぎきれは着物を引き破り、そして、破れがもっとひどくなるから。

17だれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もしそんなことをしたら、その皮袋は張り裂け、酒は流れ出るし、皮袋もむだになる。だから、新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである。そうすれば両方とも長もちがするであろう」。

18これらのことを彼らに話しておられると、そこにひとりの会堂司がきて、イエスを拝して言った、「わたしの娘がただ今死にました。しかしおいでになって手をその上においてやって下さい。そうしたら、娘は生き返るでしょう」。

19そこで、イエスが立って彼について行かれると、弟子たちも一緒に行った。

20するとそのとき、十二年間も長血をわずらっている女が近寄ってきて、イエスのうしろからみ衣のふさにさわった。

21み衣にさわりさえすれば、なおしていただけるだろう、と心の中で思っていたからである。

22イエスは振り向いて、この女を見て言われた、「娘よ、しっかりしなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです」。するとこの女はその時に、いやされた。

23それからイエスは司の家に着き、笛吹きどもや騒いでいる群衆を見て言われた。

24「あちらへ行っていなさい。少女は死んだのではない。眠っているだけである」。すると人々はイエスをあざ笑った。

25しかし、群衆を外へ出したのち、イエスは内へはいって、少女の手をお取りになると、少女は起きあがった。

26そして、そのうわさがこの地方全体にひろまった。

27そこから進んで行かれると、ふたりの盲人が、「ダビデの子よ、わたしたちをあわれんで下さい」と叫びながら、イエスについてきた。

28そしてイエスが家にはいられると、盲人たちがみもとにきたので、彼らに「わたしにそれができると信じるか」と言われた。彼らは言った、「主よ、信じます」。

29そこで、イエスは彼らの目にさわって言われた、「あなたがたの信仰どおり、あなたがたの身になるように」。

30すると彼らの目が開かれた。イエスは彼らをきびしく戒めて言われた、「だれにも知れないように気をつけなさい」。

31しかし、彼らは出て行って、その地方全体にイエスのことを言いひろめた。

32彼らが出て行くと、人々は悪霊につかれて口のきけない人をイエスのところに連れてきた。

33すると、悪霊は追い出されて、口のきけない人が物を言うようになった。群衆は驚いて、「このようなことがイスラエルの中で見られたことは、これまで一度もなかった」と言った。

34しかし、パリサイ人たちは言った、「彼は、悪霊どものかしらによって悪霊どもを追い出しているのだ」。

35イエスは、すべての町々村々を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった。

36また群衆が飼う者のない羊のように弱り果てて、倒れているのをごらんになって、彼らを深くあわれまれた。

37そして弟子たちに言われた、「収穫は多いが、働き人が少ない。

38だから、収穫の主に願って、その収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい」。

鍵となる聖句

9節
さてイエスはそこから進んで行かれ、マタイという人が収税所にすわっているのを見て、「わたしに従ってきなさい」と言われた。すると彼は立ちあがって、イエスに従った。

イエスは、同胞に軽蔑されていた取税人マタイを見て、わたしに従ってきなさいと言われます。マタイは立ち上がり、ためらうことなく従います。イエスの召しは、評判にも過去にも左右されません。

12-13節
イエスはこれを聞いて言われた、「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。 『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、学んできなさい。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」。

憤るパリサイ人たちに、イエスは、医者を必要とするのは病人だと答えます。いけにえよりあわれみを、という聖書の言葉を引き、その使命は、自分を正しいと思う人を安心させることではなく、罪人を招くことだと語ります。

17節
だれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もしそんなことをしたら、その皮袋は張り裂け、酒は流れ出るし、皮袋もむだになる。だから、新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである。そうすれば両方とも長もちがするであろう」。

新しいぶどう酒は、古い皮袋には入れません。イエスは、ご自分のもたらすものが、古い宗教の枠には収まらないと言われます。神の国は新しい形を求めます。

36節
また群衆が飼う者のない羊のように弱り果てて、倒れているのをごらんになって、彼らを深くあわれまれた。

群衆を前に、イエスは深くあわれまれます。飼い主のいない羊のように弱り果てて見えたからです。弟子たちを送る前に、その使命はこのまなざしから生まれます。

37-38節
そして弟子たちに言われた、「収穫は多いが、働き人が少ない。 だから、収穫の主に願って、その収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい」。

収穫は多いが、働き人は少ない。イエスは、収穫の主に、働き人を送ってくださるよう祈りなさいと言われます。祈りが派遣に先立ち、祈る人自身が、しばしば送り出されます。

この章に登場する人物

このテーマで祈る

説教が語っていること

スキャンダラスな食事:イエスはあなたと一緒に食べることを喜んでおられるマット・マルヴァヌは、マタイ9章9節から13節を読みます。イエスは取税人の家に入り、パリサイ人たちはつまずき、イエスはあわれみを引いて答えます。小羊のように近づきやすく、獅子のように守ってくださるイエスを示します。要約を読む →イエス・キリストを証しする ― その人格、みわざ、御国マシュー・グロックは、マタイ9章9節から17節を開き、教会の使命がまず、イエス・キリストを証しすることだと語ります。多様性の中で一つとなり、すべての人を迎える教会を語ります。要約を読む →神が増やされたものは、一人では背負えないこのメッセージは、申命記1章とマタイ9章35節から38節を結びつけます。神が増やされたものは、だれも一人では担えません。働き人、分かち合い、そして分担を担う人を選ぶ勇気が必要です。要約を読む →「私たちに行かせてください」:神に前進を願い出る勇気サミュエル・マボーは、列王紀下6章を語り、マタイ9章37節と38節も引きます。イエスは、働き人が送られるよう祈るよう求められます。神がなぜ、直接送らずに、祈るよう求めるのかを問います。要約を読む →従順なしに弟子となることはできない:真の弟子訓練の鍵説教者は、取税所に座っていたマタイが、すぐに立ち上がってイエスに従ったことを引き、交渉のない従順が、弟子であることの鍵だと語ります。要約を読む →

マタイによる福音書9章についてよくある質問

マタイ9章で、イエスはなぜ罪人たちと食事をされるのですか

イエス自身が答えておられます。医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人です。イエスは罪人を招くために来られました。罪人と食卓を囲むことは、受け入れと近さのしるしであり、パリサイ人たちを驚かせます。イエスは預言者ホセアを引き、神はいけにえよりもあわれみを望まれると語ります。

マタイ9章9節のマタイとは誰ですか

マタイは、ほかの福音書ではレビとも呼ばれる取税人です。ローマの占領者に仕えていたため、評判のよくない職業でした。イエスが召すと、彼は取税所を離れて従い、のちにイエスを自分の家に招きます。キリスト教の伝統は、彼を十二使徒の一人、またこの福音書の著者としています。

収穫は多いが、働き人は少ないとはどういう意味ですか

イエスは、飼い主のいない羊のように弱り果てた群衆を見て、人々を、刈り入れを待つ収穫にたとえます。足りないのは収穫ではなく、働き人です。イエスは、収穫の主に、働き人を送ってくださるよう祈りなさいと言われます。多くのキリスト者は、この箇所を、祈りと、福音を分かち合う献身への招きとして読みます。

新しいぶどう酒を古い皮袋に入れるというたとえはどういう意味ですか

古い皮袋は硬く、発酵する新しいぶどう酒の圧力に耐えられずに破れます。イエスは、断食についての問いにこう答えます。ご自分がもたらすものは、古い宗教的な習慣の中に収めようとすれば、それを破ってしまいます。神の国は、新しくされた心と実践を求めますが、それまでのものをすべて消し去るわけではありません。

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