はじめに
クリスマスは、何世紀も前から告げられていた出来事を祝います。神が人々の間に来て住まわれたのです。口語訳で引用するこの20の聖書の言葉は、歴史の五つの場面をたどります。イエスの来臨を備える預言、マリヤとヨセフへの告知、ベツレヘムの夜、礼拝に訪れた人々、そして受肉の深い意味です。家族での朗読、クリスマスカード、お祝いの集まりにふさわしい言葉です。
来臨を告げる預言
1. イザヤ書7章14節
「それゆえ、主はみずから一つのしるしをあなたがたに与えられる。見よ、おとめがみごもって男の子を産む。その名はインマヌエルととなえられる。」
イザヤは、おびえる王に神からのしるしを差し出します。その名が「インマヌエル」と呼ばれる男の子です。この言葉は神は我々と共におられるという意味です。マタイはここにイエスの告知を認めます。クリスマスは、この約束への具体的な答えです。 イザヤ書7章を全文で読む。
2. イザヤ書9章6節
「ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君」ととなえられる。」
戦争と闇の中で、預言者は告げます。「ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた」。その称号は壮大です。「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君」。生まれたばかりの子のもろさが、神の力を包んでいます。 イザヤ書9章を全文で読む。
3. ミカ書5章2節
「しかしベツレヘム・エフラタよ、あなたはユダの氏族のうちで小さい者だが、イスラエルを治める者があなたのうちから わたしのために出る。その出るのは昔から、いにしえの日からである。」
イエスの七百年前に、ミカはその誕生の地を指し示しました。「ベツレヘム・エフラタよ、あなたはユダの氏族のうちで小さい者だが」。神は小さな村を選び、「その出るのは昔から、いにしえの日から」という方を誕生させられます。神の約束は細部に至るまで実現します。 ミカ書5章を全文で読む。
4. エレミヤ書23章5節
「主は仰せられる、見よ、わたしがダビデのために一つの正しい枝を起す日がくる。彼は王となって世を治め、栄えて、公平と正義を世に行う。」
エレミヤは、指導者たちに失望した民に、ダビデから出る「正しい枝」を告げます。この王は他の王とは違い、「公平と正義」を行います。クリスマスは、人間の歴史がついに生み出せなかった、信頼できる王への必要に答えるものです。 エレミヤ書23章を全文で読む。
マリヤとヨセフへの告知
5. ルカによる福音書1章30-33節
「すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。 見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。 彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、 彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」。」
御使ガブリエルはマリヤを安心させます。「恐れるな」。そして、「父ダビデの王座」を与えられ、その支配が「限りなく続く」男の子を告げます。このメッセージは彼女の想像をはるかにこえていましたが、平安の言葉から始まっています。 ルカによる福音書1章を全文で読む。
6. ルカによる福音書1章37-38節
「神には、なんでもできないことはありません」。 そこでマリヤが言った、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。そして御使は彼女から離れて行った。」
不可能に直面して、御使は宣言します。「神には、なんでもできないことはありません」。マリヤは信頼で答えます。「わたしは主のはしためです」。彼女の答えは模範です。すべてを理解してはいませんが、神が語られたことをなさるままにさせるのです。 ルカによる福音書1章を全文で読む。
7. マタイによる福音書1章20-21節
「彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。 彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。」
ヨセフはマリヤの妊娠に戸惑います。夢の中で、御使は恐れないようにと告げ、その子をイエスと名づける務めを与えます。その名がすべてを語っています。「おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となる」。クリスマスは、すでに十字架の告知から始まっています。 マタイによる福音書1章を全文で読む。
8. ルカによる福音書1章46-47節
「するとマリヤは言った、「わたしの魂は主をあがめ、 わたしの霊は救主なる神をたたえます。」
マリヤは賛美を歌い出します。「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救主なる神をたたえます」。マグニフィカトのこの歌は、クリスマスの本当の喜びが、雰囲気やプレゼントではなく、救ってくださる神を知ることにあると示しています。 ルカによる福音書1章を全文で読む。
ベツレヘムの夜と羊飼いへの告知
9. ルカによる福音書2章6-7節
「ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、 初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。」
物語はとても簡素です。マリヤは「初子を産み」、布にくるんで「飼葉おけの中に寝かせた」。客間には彼らのいる余地がありませんでした。王は質素さともろさの中に来られます。だからこそ、私たちも近づくことができるのです。 ルカによる福音書2章を全文で読む。
10. ルカによる福音書2章10-12節
「御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。 きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。 あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。」
御使は羊飼いたちに語りかけます。身分が低く、軽んじられていた人々です。すべての民に「大きな喜び」を伝えます。「救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである」。与えられたしるしは、宮殿ではなく、飼葉おけの中の布にくるまれた幼な子でした。 ルカによる福音書2章を全文で読む。
11. ルカによる福音書2章13-14節
「するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、 「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。」
おびただしい天の軍勢が御使と一緒になって歌います。「いと高きところでは、神に栄光があるように」。そして「地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」と続けます。地上がようやく気づき始めたことを、天はすでに祝っています。神は人々との平和を回復するために来られたのです。 ルカによる福音書2章を全文で読む。
12. ルカによる福音書2章20節
「羊飼たちは、見聞きしたことが何もかも自分たちに語られたとおりであったので、神をあがめ、またさんびしながら帰って行った。」
羊飼いたちは、「神をあがめ、またさんびしながら」帰って行きました。すべてが「自分たちに語られたとおり」だったのです。彼らの模範は単純です。イエスに会ったあと、その知らせを胸にしまわず、神をほめたたえ、変えられた者として自分の暮らしに戻りました。 ルカによる福音書2章を全文で読む。
遠くから礼拝に訪れた人々
13. マタイによる福音書2章1-2節
「イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、 「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。」
東からきた博士たちは、星に導かれて何百キロも旅をしました。彼らの問いは率直です。「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか」。目的も明確です。「そのかたを拝みにきました」。イエスを求めるには、ときに長い道のりが必要です。 マタイによる福音書2章を全文で読む。
14. マタイによる福音書2章10-11節
「彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。 そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。」
博士たちは、ふたたび星を見て「非常な喜びにあふれた」のです。家にはいって、幼な子に会い、「ひれ伏して拝み」ました。そして黄金・乳香・没薬をささげます。お生まれになった方に、自分たちの最上のものをささげたのです。 マタイによる福音書2章を全文で読む。
15. ルカによる福音書2章30-32節
「わたしの目が今あなたの救を見たのですから。 この救はあなたが万民のまえにお備えになったもので、 異邦人を照す啓示の光、み民イスラエルの栄光であります」。」
年老いたシメオンは、神殿で幼な子を腕に抱きます。その子に神の救いを見いだしました。「異邦人を照す啓示の光、み民イスラエルの栄光」。彼は生涯この瞬間を待ち続けました。神は、長く待たされた後でも、約束を必ず果たされます。 ルカによる福音書2章を全文で読む。
16. ルカによる福音書2章19節
「しかし、マリヤはこれらの事をことごとく心に留めて、思いめぐらしていた。」
羊飼いたちが訪れたあと、ルカは心にしみる細部を記します。「マリヤはこれらの事をことごとく心に留めて、思いめぐらしていた」。クリスマスの慌ただしさの中で、彼女は別の過ごし方を示しています。思い巡らし、思い出し、御言葉が心の中で歩みを進めるにまかせるのです。 ルカによる福音書2章を全文で読む。
受肉の深い意味
17. ヨハネによる福音書1章14節
「そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。」
ヨハネは、クリスマスを一文で要約します。「言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った」。「宿る」という言葉は、字義どおりには幕屋を張ることを意味します。神は離れたままではなく、私たちの間に住まわれます。「めぐみとまこととに満ちて」。 ヨハネによる福音書1章を全文で読む。
18. ピリピ人への手紙2章6-8節
「キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、 かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、 おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。」
パウロは、イエスの旅路を描きます。「神のかたちであられた」方が、「おのれをむなしうして僕のかたちをとり」ました。飼葉おけから十字架まで、へりくだりを選ばれたのです。クリスマスは、私たちの救いに至る道の第一歩です。 ピリピ人への手紙2章を全文で読む。
19. ガラテヤ人への手紙4章4-5節
「しかし、時の満ちるに及んで、神は御子を女から生れさせ、律法の下に生れさせて、おつかわしになった。 それは、律法の下にある者をあがない出すため、わたしたちに子たる身分を授けるためであった。」
パウロは、クリスマスを歴史の中に位置づけます。時の満ちるに及んで、神は御子を女から生れさせて、おつかわしになった。偶然に起きたことは何一つありません。この来臨の目的は、私たちをあがない出し、「子たる身分」を授けること、つまり神の子としてくださることです。 ガラテヤ人への手紙4章を全文で読む。
20. コリント人への第二の手紙8章9節
「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っている。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、あなたがたが、彼の貧しさによって富む者になるためである。」
パウロは、キリストの寛大さを語ります。「主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられた」。この自ら選ばれた貧しさは、家畜小屋に始まり、十字架で終わります。それによって私たちは赦しと命に富み、クリスマスの私たち自身の寛大さもそこから励まされます。 コリント人への第二の手紙8章を全文で読む。
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よくある質問
イエスの誕生について語る聖書の言葉はどれですか?
中心となる物語は、ルカによる福音書2章1-20節と、マタイによる福音書1章と2章にあります。誕生を告げる預言には、イザヤ書7章14節、イザヤ書9章6節、ミカ書5章2節などがあります。ヨハネによる福音書1章14節は、言が肉体となって私たちのうちに宿ったという霊的な意味を語っています。
クリスマスカードには、どの聖書の言葉を書けばよいですか?
ルカによる福音書2章11節が定番で、「救主がお生れになった」という言葉があります。ほかに、イザヤ書9章6節、ルカによる福音書2章14節、神が私たちのうちにヨハネによる福音書1章14節も選べます。
聖書で「インマヌエル」という名は何を意味しますか?
インマヌエルは「神は我々と共におられる」という意味です。この名は、ダビデイザヤ書7章14節に現れ、マタイによる福音書1章23節ではイエスに当てはめられます。神が離れたままではなく、私たちの人間としての境遇を分かち合いに来てくださったという、クリスマスの核心を表しています。
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