はじめに
聖金曜日(受難日)は、クリスチャンがイエスの十字架と死を思い起こす日で、イースター前の金曜日、2027年は3月26日(金)にあたります。「聖」と呼ばれるのは、イエスが罪の赦しのためにご自分の命を献げ、すべての人に神への道を開いてくださったからです。
聖金曜日は重々しい日ですが、英語では「Good Friday(よい金曜日)」と呼ばれます。苦しみの日に、なぜそのような言葉をつけるのでしょうか。このページでは、福音書が語る出来事、聖書全体から見た十字架の意味、そして単なる休日にせず、この日をどう過ごすかを説明します。
なぜ「聖金曜日」と呼ぶのか?2027年の日付は?
この日が「聖」と呼ばれるのは、イエスの死を思い起こすために特別に取り分けられた日だからです。英語では「Good Friday」といいます。痛みのゆえではなく、十字架が私たちのために勝ち取ったもののゆえに、「よい」金曜日なのです。
2027年の聖金曜日は3月26日(金)で、3月28日(日)のイースターの二日前です。
福音書によると、この日に何が起きたのか?
夜のうちにイエスは捕えられ、ユダヤの指導者たちと、ローマの総督ピラトによって裁かれます。有罪とされたイエスは十字架を背負い、同じく有罪とされた二人の男にはさまれて、朝の九時ごろ、ゴルゴタで十字架につけられます。
第六時、つまり正午から第九時、午後三時ごろまで、全地が暗くなりました。その時、イエスは息を引き取られます。ユダヤ人の休息の日である安息日が始まる前に、遺体は十字架から降ろされ、墓に納められました。
聖書は十字架について何と語っているか
受難の記録は、聖書全体のさまざまな箇所に照らされています。十字架で何が起こったのかを理解するための聖書の言葉を紹介します。
イザヤ書53章5節
「しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。」
イエスより何世紀も前に書かれたこの箇所は、ほかの人々の身代わりに傷つけられるしもべを描いています。クリスチャンはそこに十字架の予告を見ます。私たちに平安を与える懲らしめが、イエスの上に下ったのです。 イザヤ書53章を全文で読む。
ルカによる福音書23章34節
「そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。」
十字架の上から、イエスは自分を釘づけにした人々のために赦しを願われます。苦しみのまさに初めから、イエスの犠牲が復讐ではなく和解に向けられていることを示しています。 ルカによる福音書23章を全文で読む。
ルカによる福音書23章43節
「イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。」
二人の罪人のうち、イエスに向き直った一人に、イエスはその日のうちにパラダイスにいると約束されます。最後の瞬間であっても、イエスに信頼する人に赦しは差し出されています。 ルカによる福音書23章を全文で読む。
マタイによる福音書27章46節
「そして三時ごろに、イエスは大声で叫んで、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言われた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。」
イエスは母国の言葉で、詩篇の言葉を叫ばれます。神から離れて孤独を味わう必要が私たちにもうないように、イエスは最も深い孤独を経験されました。 マタイによる福音書27章を全文で読む。
マタイによる福音書27章51節
「すると見よ、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。また地震があり、岩が裂け、」
イエスが息を引き取られた時、神殿の最も聖なる場所を隔てていた幕が、上から下まで真二つに裂けました。これは神ご自身のわざです。神のみ前への道が、今や開かれました。 マタイによる福音書27章を全文で読む。
ヨハネによる福音書19章30節
「すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、「すべてが終った」と言われ、首をたれて息をひきとられた。」
すべてが成し遂げられました。イエスに託されたわざは完了したのです。赦しはもう自分で獲得するものではなく、与えられるものです。イエスは自ら命を差し出され、だれも奪ったのではありません。 ヨハネによる福音書19章を全文で読む。
ローマ人への手紙5章8節
「しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。」
パウロは、神は私たちがもっとよくなるのを待たれなかったと思い起こさせます。私たちがまだ罪人であった時にキリストは死なれました。神の愛は、私たちのどんな努力にも先立つのです。 ローマ人への手紙5章を全文で読む。
聖金曜日とイースター:なぜ二つは切り離せないのか
イースターのない聖金曜日は、正しい人が殺されたという敗北の物語に終わってしまいます。聖金曜日のないイースターは、復活を理由のない出来事にしてしまいます。二つの日は一つのメッセージをなしています。イエスは私たちの罪のために死なれ、三日目によみがえられたのです。
そのためクリスチャンは、この時期を二つの調べで過ごすことが多くあります。金曜日の静かな黙想と、2027年3月28日(日)の喜びです。金曜日の悲しみは否定されるのではなく、通り抜けられるのです。
聖金曜日についてのよくある誤解
十字架は失敗であり、神が避けるべき敗北だったと言われることがあります。福音書はその反対を語っています。イエスは自ら進んで十字架に向かい、それを救いの道として示されました。敗北に見えるものこそ、神のご計画の中心なのです。
もう一つのよくある考えは、イエスは不当な制度の犠牲者にすぎなかったというものです。確かにイエスは不正を受けられましたが、同時にご自分から命を献げられました。また、聖金曜日は私たちに罪悪感を抱かせる日だと考える人もいます。しかし聖書が促しているのは感謝です。負債は支払われ、感謝が私たちを自由にします。
聖金曜日の過ごし方
福音書にある受難の記録を読む時間をとりましょう。たとえばマタイによる福音書27章やヨハネによる福音書19章です。すべてを理解しようとせず、ゆっくり読み、一つひとつの場面があなたに語りかけるのに任せてください。
数分間、静かに祈りましょう。願い事をするよりも、感謝を伝える祈りがふさわしいでしょう。近くの教会がこの日に礼拝や聖餐式を行うなら、参加してみてください。伝統は教派によって異なり、カトリックでは十字架の道行き、多くのプロテスタント教会では礼拝や黙想の時間があります。どれも、思い起こすことを目指しています。
もしよければ、この日に断食をしてもよいでしょう。たとえば一食を抜いて祈る方法があります。これは自由な実践であり、義務ではありません。その価値は努力の大きさではなく、あなたがイエスに心を向けることにあります。
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よくある質問
2027年の聖金曜日はいつですか?
2027年の聖金曜日(受難日)は3月26日(金)で、3月28日(日)のイースターの二日前です。3月25日(木)の洗足木曜日の翌日で、3月27日(土)の聖土曜日の前日にあたります。
なぜ「聖金曜日」と言うのですか?
「聖」は「取り分けられた」という意味で、この日はイエスの死を記念するために取り分けられています。英語では「Good Friday(よい金曜日)」といい、この死が、信じるすべての人に赦しと救いを開いたからです。
イエスは何時に亡くなったのですか?
マタイ、マルコ、ルカによれば、イエスは第九時、つまり午後三時ごろに息を引き取られます。その前に、第六時の正午ごろから全地が暗くなりました。ヨハネは、イエスへの判決を第六時ごろとしています。
クリスチャンは聖金曜日に何をしますか?
受難の記録を読む、静かに祈る、礼拝や聖餐式に参加する、望むなら断食をする、といった過ごし方があります。大切なのは、イエスの犠牲を思い起こし、感謝を伝えることです。