はじめに
聖霊は抽象的な力でも、単なる観念でもありません。聖書は、神が約束し、遣わし、信じる者の内に住まわせてくださる人格として聖霊を語っています。口語訳で引用し、一つずつ解説するこの25の聖書の言葉は、聖霊のみわざの五つの面をたどります。旧約聖書から告げられていた約束、ペンテコステでの到来、個人的な導き、賜物と実、そして日々聖霊とともに歩む道です。
ペンテコステの前に告げられた約束
1. ヨエル書2章28-29節
「その後わたしはわが霊を すべての肉なる者に注ぐ。あなたがたのむすこ、娘は預言をし、あなたがたの老人たちは夢を見、あなたがたの若者たちは幻を見る。 その日わたしはまた わが霊をしもべ、はしために注ぐ。」
預言者ヨエルは、神がご自分の霊を「すべての肉なる者に注ぐ」時を告げます。年齢も性別も身分も問いません。一握りの預言者だけのものだったことが、すべての人に開かれます。ペテロはペンテコステの日にこの箇所を引いて、その成就を示すことになります。 ヨエル書2章を全文で読む。
2. エゼキエル書36章26-27節
「わたしは新しい心をあなたがたに与え、新しい霊をあなたがたの内に授け、あなたがたの肉から、石の心を除いて、肉の心を与える。 わたしはまたわが霊をあなたがたのうちに置いて、わが定めに歩ませ、わがおきてを守ってこれを行わせる。」
エゼキエルは、捕囚となった反抗的な民に語ります。神は「新しい心」を与え、「わたしはまたわが霊をあなたがたのうちに置いて」と宣言されます。変革は新たな努力からではなく、従うことを可能にする内なる臨在から来ます。これは新しい契約の告知です。 エゼキエル書36章を全文で読む。
3. ヨハネによる福音書14章16-17節
「わたしは父にお願いしよう。そうすれば、父は別に助け主を送って、いつまでもあなたがたと共におらせて下さるであろう。 それは真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、それを受けることができない。あなたがたはそれを知っている。なぜなら、それはあなたがたと共におり、またあなたがたのうちにいるからである。」
十字架の前夜、イエスは弟子たちを励まし、父が「別に助け主」を送ってくださると告げます。この助け主は通りすがりではなく、「いつまでも」共にいてくださいます。この世は受けることができませんが、信じる者は知っています。聖霊があなたがたと共におり、あなたがたのうちにいるからです。 ヨハネによる福音書14章を全文で読む。
4. ヨハネによる福音書14章26節
「しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってつかわされる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、またわたしが話しておいたことを、ことごとく思い起させるであろう。」
イエスは助け主の役割を明らかにされます。聖霊は「あなたがたにすべてのことを教え」、「わたしが話しておいたことを、ことごとく思い起させる」のです。聖霊は御言葉に取って代わるのではなく、御言葉を悟らせ、必要なときに思い出させてくださいます。 ヨハネによる福音書14章を全文で読む。
5. ルカによる福音書11章13節
「このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」。」
イエスは人間の親を、悪い者であってもと言いながら、はるかにまさる天の父と比べます。子供に良い贈り物をするのなら、天の父は「求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」。聖霊を求めることは、神が喜んでかなえてくださる祈りです。 ルカによる福音書11章を全文で読む。
ペンテコステと、証しするための力
6. 使徒行伝1章8節
「ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」。」
天に上る前に、イエスは弟子たちに約束されます。「あなたがたは力を受けて」。この力には明確な目的があります。エルサレムから地のはてまで、イエスの証人となることです。聖霊は体験のためだけに与えられるのではなく、福音を運ぶ力を与えるために与えられます。 使徒行伝1章を全文で読む。
7. 使徒行伝2章1-4節
「五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、 突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。 また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。 すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。」
エルサレムでのペンテコステの日、集まっていた弟子たちは「聖霊に満たされ」、いろいろの他国の言葉で語り出しました。風と炎と舌は、確かな臨在のしるしです。恐れは大胆さに変わり、教会はこの日に誕生しました。 使徒行伝2章を全文で読む。
8. 使徒行伝2章38-39節
「すると、ペテロが答えた、「悔い改めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが罪のゆるしを得るために、イエス・キリストの名によって、バプテスマを受けなさい。そうすれば、あなたがたは聖霊の賜物を受けるであろう。 この約束は、われらの主なる神の召しにあずかるすべての者、すなわちあなたがたと、あなたがたの子らと、遠くの者一同とに、与えられているものである」。」
説教の後、何をすべきかと尋ねる群衆に、ペテロは答えます。悔い改めてバプテスマを受け、そして「聖霊の賜物を受ける」のです。さらに、この約束は「あなたがたと、あなたがたの子ら」に与えられていると加えます。使徒たちだけのものではなく、どの世代にも当てはまります。 使徒行伝2章を全文で読む。
9. 使徒行伝4章31節
「彼らが祈り終えると、その集まっていた場所が揺れ動き、一同は聖霊に満たされて、大胆に神の言を語り出した。」
使徒たちは脅されて釈放され、教会は祈ります。すると場所が「揺れ動き」、一同はふたたび「聖霊に満たされ」ました。結果は具体的です。彼らは「大胆に」神の言を語り出しました。必要が生じるたびに、何度でも満たされてよいのです。 使徒行伝4章を全文で読む。
10. 使徒行伝10章44-45節
「ペテロがこれらの言葉をまだ語り終えないうちに、それを聞いていたみんなの人たちに、聖霊がくだった。 割礼を受けている信者で、ペテロについてきた人たちは、異邦人たちにも聖霊の賜物が注がれたのを見て、驚いた。」
百人隊長コルネリオの家で、ペテロは異邦人に説教し、聖霊はバプテスマを受ける前から彼らにくだりました。ユダヤ人の信者たちは、聖霊の賜物が「異邦人たち」にも注がれたのを見て「驚いた」のです。神は、信じるすべての人に、民族の壁なくご自分の贈り物を開かれます。 使徒行伝10章を全文で読む。
私たちを導き、神の子としてくださる方
11. ローマ人への手紙8章14-16節
「すべて神の御霊に導かれている者は、すなわち、神の子である。 あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。 御霊みずから、わたしたちの霊と共に、わたしたちが神の子であることをあかしして下さる。」
パウロは、聖霊が信じる者を恐れではなく、子としての関係に置くと説明します。私たちは「アバ、父よ」と呼びます。聖霊みずから、私たちが神の子であることを「あかしして」くださいます。この内なる確信は、移ろう感情ではなく、聖霊の声に基づいています。 ローマ人への手紙8章を全文で読む。
12. ローマ人への手紙8章26節
「御霊もまた同じように、弱いわたしたちを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。」
パウロは、誰もが知る限界を認めています。「どう祈ったらよいかわからない」。そのとき聖霊が「弱いわたしたちを助けて」とりなしてくださいます。言葉が出ないときも、祈りは止まりません。だれかが私たちのうちで、私たちと共に祈っているのです。 ローマ人への手紙8章を全文で読む。
13. ガラテヤ人への手紙4章6節
「このように、あなたがたは子であるのだから、神はわたしたちの心の中に、「アバ、父よ」と呼ぶ御子の霊を送って下さったのである。」
パウロは、律法に戻ろうとする信者たちに書いています。神は「御子の霊」を彼らの心の中に送ってくださったと思い出させます。「アバ、父よ」という叫びは、習った決まり文句ではなく、あなたの内側で表されるキリストの声です。 ガラテヤ人への手紙4章を全文で読む。
14. ヨハネによる福音書16章13節
「けれども真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。それは自分から語るのではなく、その聞くところを語り、きたるべき事をあなたがたに知らせるであろう。」
イエスは「真理の御霊」が来て、「あなたがたをあらゆる真理に導いてくれる」と告げます。聖霊の使命は自分を目立たせることではありません。自分から語ることはなく、キリストへと向かわせ、御言葉を照らして、あなたが迷わず進めるようにします。 ヨハネによる福音書16章を全文で読む。
15. ローマ人への手紙8章11節
「もし、イエスを死人の中からよみがえらせたかたの御霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリスト・イエスを死人の中からよみがえらせたかたは、あなたがたの内に宿っている御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも、生かしてくださるであろう。」
パウロは聖霊を復活と結びつけます。イエスをよみがえらせたかたの御霊が、あなたがたの内に「宿っている」。死に打ち勝った同じ力が、すでに私たちのうちで働いており、私たちの「死ぬべきからだ」をも生かしてくださいます。この希望は、今日の日常から始まっています。 ローマ人への手紙8章を全文で読む。
私たちのうちにある聖霊の実、賜物、愛
16. ガラテヤ人への手紙5章22-23節
「しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、 柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。」
パウロは、御霊に導かれる生き方の姿を描きます。「御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容」。実は単数形で、ばらばらの努力ではありません。木に実がなるように、聖霊が人生に住まわれると、この性格の質が自然に育ちます。 ガラテヤ人への手紙5章を全文で読む。
17. コリント人への第一の手紙12章4-7節
「霊の賜物は種々あるが、御霊は同じである。 務は種々あるが、主は同じである。 働きは種々あるが、すべてのものの中に働いてすべてのことをなさる神は、同じである。 各自が御霊の現れを賜わっているのは、全体の益になるためである。」
比較で分裂した教会に向けて、パウロは「霊の賜物は種々あるが、御霊は同じである」と思い出させます。信じる者はそれぞれ「全体の益になるため」に御霊の現れを賜わっています。賜物は目立つためではなく、教会全体を築くためにあります。 コリント人への第一の手紙12章を全文で読む。
18. ローマ人への手紙5章5節
「そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。」
パウロは、「聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれている」と断言します。「注がれる」とは、一滴ではなく、あふれ出ることを思わせます。この愛は、キリスト者の希望が「失望に終ることはない」という保証です。内なる確かな体験に根ざしているからです。 ローマ人への手紙5章を全文で読む。
19. テモテへの第二の手紙1章7節
「というのは、神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである。」
パウロは、臆病な若い指導者に書いています。神が下さったのは「臆する霊」ではなく、「力と愛と慎みとの霊」だと思い出させます。この三つの言葉は釣り合いを表します。愛のない力は人を傷つけ、慎みのない愛は道を外れます。 テモテへの第二の手紙1章を全文で読む。
20. コリント人への第一の手紙2章10-12節
「そして、それを神は、御霊によってわたしたちに啓示して下さったのである。御霊はすべてのものをきわめ、神の深みまでもきわめるのだからである。 いったい、人間の思いは、その内にある人間の霊以外に、だれが知っていようか。それと同じように神の思いも、神の御霊以外には、知るものはない。 ところが、わたしたちが受けたのは、この世の霊ではなく、神からの霊である。それによって、神から賜わった恵みを悟るためである。」
パウロは、神の思いは「神の御霊以外には、知るものはない」と説明します。信じる者は、神から賜わった恵みを悟るために御霊を受けました。聖書を単なる情報から、個人的な啓示へと変えてくださるのは聖霊です。 コリント人への第一の手紙2章を全文で読む。
日々、御霊によって歩む
21. ガラテヤ人への手紙5章16節
「わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。」
パウロは、内なる戦いへの簡単な方法を示します。「御霊によって歩きなさい」。肉の欲に勝つのは、まず戦う意志の力からではなく、毎日選びとる方向から来ます。御霊とともに進む人は、決して肉の欲を満たすことがありません。 ガラテヤ人への手紙5章を全文で読む。
22. エペソ人への手紙5章18節
「酒に酔ってはいけない。それは乱行のもとである。むしろ御霊に満たされて、」
パウロは、人を支配する酔いと、御霊の満たしを対比します。動詞は現在形の命令です。「むしろ御霊に満たされて」。一度きりの出来事ではなく、絶えず新たにされるべき心の姿勢です。 エペソ人への手紙5章を全文で読む。
23. エペソ人への手紙4章30節
「神の聖霊を悲しませてはいけない。あなたがたは、あがないの日のために、聖霊の証印を受けたのである。」
パウロは、聖霊が悲しむことのある感じやすい方だと思い出させます。「神の聖霊を悲しませてはいけない」。聖霊は「あがないの日のために」私たちに証印を押してくださいました。誠実さ、ゆるし、柔和さを選ぶことは、私たちのうちに住まわれる方を敬うことです。 エペソ人への手紙4章を全文で読む。
24. テサロニケ人への第一の手紙5章19節
「御霊を消してはいけない。」
この短い一節は、新約聖書でも指折りの短さです。「御霊を消してはいけない」。パウロは、無関心や賜物の軽視によって消してしまいかねない火について語っています。燃えるままにしてください。聖霊に耳を傾け、従い、心を開いて祈りましょう。 テサロニケ人への第一の手紙5章を全文で読む。
25. ゼカリヤ書4章6節
「すると彼はわたしに言った、「ゼルバベルに、主がお告げになる言葉はこれです。万軍の主は仰せられる、これは権勢によらず、能力によらず、わたしの霊によるのである。」
落胆したゼルバベルは、強い反対の中で神殿を再建しなければなりません。神は彼に言われます。「これは権勢によらず、能力によらず、わたしの霊によるのである」。この原則は私たちの計画にも当てはまります。務めは私たちの手段をこえており、それを成し遂げてくださるのは神です。 ゼカリヤ書4章を全文で読む。
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よくある質問
聖書によれば、聖霊とはどのような方ですか?
聖霊は三位一体の第三の位格であり、父と御子と並ぶまことの神です。イエスは聖霊を助け主、真理の御霊と呼ばれました(ヨハネ14章と16章)。聖霊は信じる者のうちに住み、御言葉を教え、とりなし、その人生に実を結ばせてくださいます。
聖霊はどのように受けるのですか?
新約聖書は、この賜物を悔い改めとイエス・キリストへの信仰に結びつけています(使徒行伝2章38節)。イエスは求めることも勧めておられます。父は「求めて来る者に聖霊を」与えてくださいます(ルカによる福音書11章13節)。素直に祈り、そして毎日その導きについて行きましょう。
聖霊の実と賜物にはどのようなものがありますか?
ガラテヤ人への手紙5章22-23節に記されています。愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制です。賜物はコリント人への第一の手紙12章に挙げられており、御霊が思うままに各人に分け与え、教会全体の益のために用いられます。
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